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国宝・松江城 沖縄・本土復帰50年
博多どんたく(2022/05/03) 憲法施行75年

[2022/05/25]
国宝・松江城

島根県松江市にある「松江城」は、宍道湖を望む亀田山に築かれている。平成27年に「国宝」に指定されたが、この指定までには紆余曲折があったようだ。昭和10年に国宝に指定されたが、昭和25年の文化財保護法により、重要文化財になってしまった。ここから国宝指定復帰を強く願う市民運動がおこり、松江城の調査研究も進められたという。その甲斐あって、慶長16年正月の紀年銘を持つ祈祷札が発見された。これが決定打となり、国宝に再指定された。松江城は、江戸時代初期(1611年)に完成、我々が一般的にイメージする城郭様式を有している。周りは堀で囲まれ、大手門を入って、三ノ門、二ノ門、一ノ門を通って本丸に達する。本丸には4重5階地下一階の天守閣、石垣には多くの櫓が建てられている。

 

江戸時代始めはまだまだ気の抜けない状態にあった。そのころ築城された松江城は、徳川幕府の西の重要な守りを担った城である。従って初代藩主は、幕府の信頼の厚い武将だったと思われる。その後、幕府直系の松平氏が送り込まれたことでも分かる。従って実戦を想定した城郭になっている。本丸まで攻め入るには、五つの門を八回も右に左に折れながら進まなければならない。まず大手門から入ると、太鼓櫓があり、ここは普段、時を知らせる櫓だが、矢狭間、鉄砲狭間、石落としがあり、敵が攻め入るとまずここで狙い撃ちに遭う。枡形になっているところでは、隠れるところも無く、十字砲火を浴びる。本丸まで攻め入るのは相当困難だ。天主閣の地下には「井戸」があり、さらに「塩」も蓄えられていた。つまり、築城当初から籠城までも意識した造りになっていたのだ。

 

本丸の石垣にはいくつもの櫓が築かれている。一ノ門の周りには、弓櫓、武具櫓。天主閣の傍には祈祷櫓、北ノ門には乾ノ門櫓、西側には鉄砲櫓などが配置されている。それらにはもちろん矢狭間、鉄砲狭間、石落としなどがあっただろう。特筆すべきは、天守閣の前に築かれた「附櫓」である。ここは殿をお守りする最後の砦である。何としても敵の侵入を阻止せねばならない。附櫓の扉は、鉄で覆われている。矢も鉄砲も効かない。火を放つこともできないという強固なつくりである。侵入しようとする敵は、矢狭間、鉄砲狭間、石落とし、石打ち棚からの攻撃に遭う。さてついに天主閣に侵入したとしても、まず枡形からの攻撃を受ける。さらに敵の登る階段は、5階の急階段で段差も高く重装備の兵にはかなり体力を消耗するだろう。そこでは死に物狂いで殿を守ろうとする松江藩の精鋭が迎え撃つ。

 

松江城の天主は構法や技法に特徴がある。外壁はすべて黒い下見板張り、漆喰塗で、これはかなり耐久性があるという。一階から五階まですべて板敷き。一階から四階の柱の内103本は、包板を釘、鎹、帯鉄で取りつけ、柱の耐久性を高くしている。一部は古材が使われており、最初の藩主の居城していた部材が使われたようだ。説明には『松江城天主は、二階分の通し柱を各階に相互かつ均一に配した「互入式通し柱」と、上層の荷重を下層の柱が直接受けず梁を通して横方向にずらしながら伝える二つの工法合わせて用いたもので、望楼型天主の到達点に位置付けられている』と書かれている。近世城郭として、この天主閣の構造の特色もまた国宝指定の理由の一つになったのだろう。

  

附櫓の狭間・外観
附櫓・鉄扉
塀にも矢狭間・鉄砲狭間が
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[2022/05/19]
沖縄・本土復帰50年

沖縄は、515日で本土復帰50年を迎え、記念式典が開かれた。沖縄には全国の米軍専用施設・区域の7割が集中している。玉城知事は式典で「県民は過重な基地負担を強いられている」と訴えたが、政府と対立している普天間飛行場の辺野古への移設については言及しなかった。知事は式典に先立って岸田首相と会談し、米軍基地などに関する日米両政府への要求事項をまとめた「平和で豊かな沖縄の実現に向けた新たな建議書」を渡した。それには米軍普天間基地の辺野古への移設を断念するよう求めた内容だという。今、沖縄は、日本の対中安全保障の最前線にある。政府としては、国民の命を守る安全保障と基地負担の軽減のバランスを図らねばならない。玉城知事の「米軍出ていけ、カネはくれ」では歩み寄りは難しい。沖縄振興予算が3000億円を割り込んだのは、国の強い意志表示である。

 

今回、左翼・西日本新聞の見出しは「復帰50年 理想遠く」「沖縄が踏みにじられた50年」「何のための復帰運動だったのか」「帰るべき祖国だったか」などが並ぶ。ところが、今年3〜4月の県民世論調査では復帰して「よかったと思う」と回答した割合は9割に達したという。この50年、沖縄振興予算は、総額13兆円を超える。政府は、沖縄の経済自立に向け、経済基盤を整えた。県内の総生産は復帰時の約4600億円から約45千億円までになった。これまでの沖縄は、この手厚い国の支援に依存し過ぎた感がある。22年度沖縄振興予算は約2600億円に減らされた。市町村からは沖縄県知事に強い抗議があったというが、その予算の使い道はいまだ6割が公共事業だという。これでは自立経済など程遠いのではないか。沖縄県は2031年度までの10年間の沖縄振興計画「新・沖縄21世紀ビジョン基本計画」を策定した。沖縄県の本気度が試される。

 

昭和27年にサンフランシスコ条約が発効し日本が主権を回復してからも、沖縄はアメリカの統治下に置かれた。沖縄が東アジアの安全保障上、地勢的に極めて重要な地であったからである。当時のニクソン大統領は「アジアの人を守るために、必要不可欠な基地だ」と言っている。返還にあたってのアメリカの条件は、返還後も沖縄の基地を自由に使用すること、朝鮮半島の有事にあっては本土の基地も自由に使用することであった。しかもその当時からアメリカは台湾有事をも念頭に置いていた。今に至る沖縄米軍基地の重要性は、当時からの延長線上にある。一方、何としても沖縄返還を実現させたい当時の日本政府は、交渉の中で「核」の「密約」さえ受け入れた。 日本は“敗戦国”として弱い立場でもあり、ある程度の譲歩はやむおえなかったと思われる。

 

左翼は決まって、解決手段は外交でと安易なことを言う。もちろん外交努力はする。しかし現実は厳しい。ロシアによるウクライナ侵攻は、数ヶ月前から把握されていた。そこで欧米各国が動いた。12/08米ロ首脳会談、2/2英ロ首脳会談、2/7仏ロ首脳会談、2/15独ロ首脳会談。だが2/24ウクライナ侵攻が始まり、民間人の虐殺も起きた。尖閣諸島付近のEEZ内や日本領海に、中国公船が侵入を繰り返している。中国という国は、勝手に自分の海だという法律を作り、「他人のものは俺のもの、俺のものは俺のもの」という傍若無人の国である。ロシアを見れば、外交が無力に思える。沖縄は、武力侵攻も辞さない構えの中国の最前線に位置する。先日テレビで「国家の防衛があってはじめて国民の安全がある。安全保障に右も左も無い」と言っていた。単に「米軍出ていけ、米軍基地はいらない」では「平和で豊かな沖縄の実現」は達成できまい。

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[2022/05/06]
博多どんたく(2022/05/03)


[2022/05/04]
憲法施行75年

今月3日で憲法施行から75年になった。その憲法の前文には『平和を愛する諸国民の公正と信義を信頼して、われらの安全と生存を保持しようと決意した』と書かれている。つまり中国や、北朝鮮、ロシアを信頼して安全を保持するとしているのだ。さらに「憲法9条」には『武力による威嚇又は武力の行使は、国際紛争を解決する手段としては永久にこれを放棄する』2項『前項の目的を達成するため、陸・海・空軍、その他の戦力はこれを保持しない。国の交戦権はこれを認めない』としている。つまり憲法の規定では、日本は敵に侵略されても一切抵抗してはいけないのである。そもそも現憲法の前提となったのが「国連中心主義」で、国連加盟国であれば、絶対攻撃されない。国連に入っていれば守られる、だから日本は平和憲法で武器を捨てたのである。第1次大戦後に組織された「国際連盟」も有名無実になり解散した。日本が頼りとした今の国連も、安保理の中心国ロシアが拒否権を行使し破たんしている。次は中国が国際秩序など無視して、侵略をしようとしている。

 

日本は、防衛費をNATO並みにGDP比2%を目標に掲げた。今のGDP比1.1%の内訳をみると、最も使われているのが、自衛隊員の人件費43%である。その次が、隊員の訓練や、油代などの維持費が23%。つまり人件費、維持費で3分の2が使われている。本来、装備品や研究開発など、防衛に一番大事なものには、約23%しか使われていないのだ。現状は、戦闘機のエンジンの部品が足りず、他の戦闘機の部品を外して使っているという。佐藤正久氏は『予備のない戦(いくさ)は負け戦(いくさ)』、『自衛隊の任務は、この30年で多様化している。しかし、それを支える後方の態勢がスカスカ。これが日本の弱み。弾薬、部品が足りない。人も足りなければ車も戦車も動かない』と言っていた。この状態に左翼・立憲民主党は「(GDP比2%は)挑発的で非常に悪乗りした議論だ」などと批判している。どうもこの左翼政党は、防衛費の内容が全く分かっていないらしい。

 

憲法改正に向き合わない立憲民主党を言い表すなら、前回の衆院選以前は「横着な立憲民主党」、衆院選後は「卑怯な立憲民主党」である。「横着」とは「すべきことを故意になまけること」。野党第一党の立憲民主党が憲法審査会に出て来ず職場放棄していたため、ずっと開けなかった。とにかく憲法審査会を前に進めるため、昨年、立憲民主党が要求した「国民投票法改正案」をCM規制などの検討を付則に盛り込んで、丸呑みして可決した。その「国民投票法改正案」は、公職選挙法ですでに決められていたことを追認するだけのことだった。審議の遅れの最大の責任は、ずっと審議に応じなかった立憲民主党にある。衆院選後、新たに構成された7会派の内、改憲を否定するのは立憲と共産だけである。少数派になった立憲民主党は、仕方なく出席してきたものの、「論憲」などと議論をすることを主張し、CM規制などの枝葉末節の議論を主張し、改憲の本論に入ろうとしない。「卑怯」とは「物事に正面から取り組もうとしないこと」、すなわち「卑怯な立憲民主党」である。『反対ありきの立憲民主党』は、党名に「立憲」と付ける資格は無い。

 

岸田首相は5月3日、9条への自衛隊明記について『自衛隊の違憲論争に終止符を打つため、重要な課題であると丁寧に説明していきたい』と述べた。憲法をしっかり読めば、13条や25条の生存権も保証していない。「憲法9条は無力」であることが分かる。国民の命を守る自衛隊をしっかり憲法に明記することこそ、安全保障の最も基本である。今の欠陥憲法は、「左翼の理想にすぎない」と言われている。左翼には理想だけあって、それを達成するためのプロセスがない。「解決は外交で・・・」というのが決まり文句である。プーチン大統領の暴走を、外交で止めてみなさい。バカな左翼思想どもに、必死で国民を守ろうとしている政権や政党を批判する資格は無い。憲法改正は最終的に国民投票で決まる。主権者である我々一般有権者の選択がカギとなる。我々が左翼の幻想に惑わされなることなく、しっかり現実を見つめて、判断することが重要である。
この頁のトップへ 画像は2022年5月3日「博多どんたく」


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