擬態のふしぎ図鑑 | 随筆のページへ トップページへ |
File No.160620 |
マンションに住んでいると、オーナー居住者は、持ち回りで管理組合の理事を努めなければならない。私はこのほどその任期を終え、有難いことに役員報酬を頂いた。もちろん常識的な額ではあるが、私にとっては久々の「勤労所得」である。そこで何か普段買わないようなものを買おうと、思いついたのが「図鑑」である。手元でじっくり眺めるための図鑑として「擬態」に関するものを選んだ。「擬態のふしぎ図鑑」(監修:海野和男、発行:PHP研究所)をネット購入。決して高度なものではなく、小学生向けのような分かりやすい図鑑にした。野性生物の世界は、弱肉強食の世界である。食物連鎖の中で、食うものと、食われるもの、あらゆる生物が、感覚を研ぎ澄まし、日々戦っている。それは今を生きるすべてのものが、次の世代に命を繋ぐことを使命としているからである。進化の過程で最も重要なこととして“変化に強いものが生き残る”とよく言われる。自らが捕食するため、あるいは上位の捕食者から身を守るため、それぞれの環境に適応した能力を獲得する。その適応能力の一つが「擬態」である。これは知れば知るほど、我々の考えの及ばない見事さに驚く。 |
右の写真を見てほしい。図鑑の解説はこう書いてある。『丸まった枯葉にしか見えないムラサキシャチホコ。左手前が頭になる。丸まっているように見えるが、こういう模様をしているだけで、丸まっているわけではない』。そこでこの疑問を解くべく「似せてだます擬態の不思議な世界」(著者:藤原晴彦、発行:科学同人)を図書館から借りてきた。それにもこう書いてあった。『これは単に体の一部(翅と体)が濃い茶色で、ほかの部分は薄い茶色になっているだけなのだ。つまり目の錯覚を利用している』。この“だまし”の能力をどうやって獲得したのだろうか。「似せてだます・・・」では、カメレオンについてこう解説している。『カメレオンは、まわりの環境によって千変万化に自らの色調を変える。目などが周りの環境を察知し、脳で情報を確認したのちに神経によって体表にある色素細胞の中の色素の分布を素早く変えることができる。ところが昆虫にはそのような器用な芸当はできない。色素細胞がないのである』。色素細胞のない昆虫だが、表皮細胞は、きわめて精緻な画像素子のようなものらしい。即応性はないものの、画像素子のON/OFFによって自由に描写が可能だという。 |
ムラサキシャチホコ |
図鑑では、「擬態とは?」の解説と、目立たないテクニック、目立つテクニックに分け、さらにそれを分類し掲載している。たとえばオオコノハムシなどの「葉にそっくり」な擬態、ムラサキシャチホコは「枯れ葉にそっくり」に分類されている。「枝にそっくり」ではいろいろなナナフシが掲載されている。昔の話だが、私は動いているナナフシを見たことがある。「えッ、これはこの世のものか?!」。まさに目が点だった。「変化する幼虫の擬態」で解説している「カギシロスジアオシャクの幼虫」(ガの仲間)はすごい。コナラの木に産み付けられた卵がかえると、まず茶色のコナラの芽に擬態し、コナラの芽が出て、葉が成長するまで、コナラの成長に合わせて、見事に擬態を変化させている。「目立つテクニック」には、「アリ」や「ハチ」「毒チョウ」にそっくりに擬態する昆虫たちがいる。毒液を出すアリ、毒針をもつハチ、文字通り毒を持つ毒チョウなど、襲われにくいものに擬態し、身を守っている。これらのメカニズムを、昆虫たちはどうやって築きあげてきたのだろうか。 |
「擬態」に関する書籍は、みな「不思議な・・・」という枕詞が付いている。つまり、この分野の研究は「不思議な・・」の域を脱していなということでもある。「似せてだます 擬態の不思議な世界」の著者、藤原晴彦氏は、「分子生物学」から昆虫の擬態などを解き明かそうと研究されている。この20年ほどの間に、生物学は予想もしないほど進歩を遂げたという。分子レベルの研究が確実に進んでいるのは間違いない。しかし、先生は『残念ながら現在の分子生物学の知識や技術は、昆虫の擬態をすぐさま調べられるほど成熟していない』と書かれている。問題は『擬態はお金に結び付かないので、研究者の数が限られている』というところにありそうだ。結局、そこが研究者にとっての根本的な問題なのだ。我々には考えの及ばない精巧な擬態のメカニズムは、長い長い時の流れの中で、食うか、食われるか、命を懸けた熾烈な戦いで細胞が勝ち取った勲章である。人間も昆虫も細胞レベルでは同じである。そんな偉大な細胞に敬意を表しつつ、その見事な擬態を図鑑で楽しむとしよう。 |
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