映画「舟を編む」を観て
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これは出版社の辞書編集部を舞台に、新しい辞書づくりに情熱を燃やした人たちの物語である。原作は三浦しをんさんの同名小説で、「2012年本屋大賞」で第1位を受賞している。のみ込まれてしまいそうな"言葉の洪水"と格闘し、完成までの長い年月を、辞書づくりに捧げた人たちを、淡々と描いている。何よりもこの映画の俳優陣がすばらしい。登場人物たちが、それぞれの俳優の個性によって、より輝きを増している。監修の松本先生役の加藤剛さん、ベテラン編集者役の小林薫さん、そして今回最高のキャスティングだった松田龍平さん。不器用だが真面目に地道に、ひたすら辞書づくりに取り組む馬締(まじめ)役を好演している。馬締役は演技ではなく、彼の"素"そのままではないかと思えるほどであった。
1995年、玄武書房辞書編集部。ベテラン編集者・荒木(小林薫)は、近く定年を迎える。荒木はこれまで、監修・松本(加藤剛)の絶対の信頼のもと働いてきた。「荒木君がいなければ私は辞書を作れません」。「定年までに私に代わる人間を、身命を賭して見つけて参ります」。人材を探すうち営業部で成績の上がらない馬締光也(松田龍平)が荒木の目に留まる。質問に対し、ぼくとつながら、的確な答えに光るものを見いだす荒木。「初めに言葉ありき、言葉を好きになることだ」。馬締が加入した辞書編集部は、新しい辞書「大渡海」の編纂に取り組もうとしていた。編集方針は「今を生きる辞書」。松本の辞書への思い入れに感銘を受けた馬締は、果てしなく広がる辞書編纂の海へとこぎ出していく。
テレビ番組で三省堂の人がこんな話をした。『"ナウい"という言葉は削ろうという話が出る。しかし「"ナウい"という言葉は古いでしょ」ということで必ず出てくる。そういう使われ方をしているのなら"ナウい"はまだ現役です』。これを受けて広辞苑の人も「いづれ死んでいくだろうと思っていたら、まさに"死語の古典"として残っている言葉で、ようやく載せた」。どんな言葉を載せ、どんな言葉を削るかは、その辞書の個性となる。映画では「社会は劇的に変わり、新しい言葉や概念が溢れでます。それらを積極的に掲載しましょう」と言う。人間だけが勝ち取った言葉によるコミュニケーションである。テレビ番組ではこう結論づけた。「ワードハンティングなくして新しい辞書の光なし。辞書編集者たちの涙ぐましい努力が日本語の今の姿を映していく」。
この映画をすでに半分以上も観たとき、映画の中に引き込まれている自分にフッと気付いた。何があった訳でもない。あたかも古い柱時計が、時を刻むかのように、ただ淡々と物語が進んでいく。それは馬締君の生き方や、彼を取り巻く人たち、それらを包み込むような松本先生の暖かさ、そんなところに心が洗われていったのかもしれない。我々の人生はそんなにドラマチックな展開などはない。毎日の繰り返しで一年が過ぎ、その繰り返しで一生が終わる。しかし映画は、そんな人生だからこそ、目標をもって、ひたむきに生きる事の大切さを教えている。観終わったとき、"心が解け、安らいでいた"そんな秀逸な映画である。


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辞書[舟]を編集する[編む]人たちの感動エンターテインメント

映画「舟を編む」

2013/04/13公開/134分

監督:石井裕也
原作:三浦しをん
出演:松田龍平、加藤剛、小林薫、オダギリジョー、宮崎あおい

[原作本]
2012年本屋大賞 第1位
2012年年間ベストセラー 第1位

テレビ番組「知られざる国語辞書の世界」より
現役の国語辞書編集者の辞書への思い。
辞書は時代の記憶という面がある。時代を何が表わしているかと言うと、言葉が時代をつくっているところがある。今、デジタルと紙が大きな変わり目にある。だが、どんどん増やしていけばいいかというと、そういうことでもない。どこかで紙の改定期というので一冊の本にまとめていくという作業が必要になってくる。言葉が精査されていく。紙の良さはそんなところにある

2013/09/25 文化庁・国語世論調査
文化庁が実施した国語世論調査で、「きんきんに冷えたビール」「ざっくりとした説明」などの新しい表現を使う人は3人に一人であることがわかった。これらはメディアや日常会話でよく使われ「新たな用法として定着する可能性は高い」としている。
「きんきん」は、声が高く響く様子などを表す擬態語であり、「ざっくり」は網目が粗いことを表すことばとして使われていたものが、新たな意味につながったもの。
さらに、言葉の意味が分からなかった場合の行動に関する調査も行われた。「紙の辞書を引く」と答えたのは47%。「インターネット上の辞書を使う」が43%という結果だった。




昭和37年6月19日・朝日新聞
「学生語からみた・最近の学生感情」
 社会を敏感に反映〜はやる「三河島」「センエツ」

いつの世にも生まれては消えていく新語がある。この新聞では昭和30年代半ば、約50年前のものであるが、このころ流行っていた「学生語」を特集している。まさに“ワードハンティング”である。ここでは「そのときどきの社会の出来事や学生間の動きを、敏感に反映するのが学生語」としている。このころ学生の間で流行っていたマージャン用語として、次の二つの言葉を挙げている。
三河島 パイをカッコよく並べようとしたら、ガチャガチャとくずれたとき使う
ジャンナリスト 学生新聞の部員で、マージャンばかりやっている人
以下、この新聞で取り上げた言葉をいくつか紹介してみる。
センエツ 代議士や議員立候補者の演説口調をまねたもの。たとえばマージャンで勝ったやつは「センエツ」だし、遊んでいて試験で優を「カモった」(優をわりにやさしく取ること。「あの教授はカモい」といえば優のとりやすい教授のことになる)のも「センエ」という。
カッコいい、ゴキゲン ガンブームもついに大学の中まで侵入したのか、西部劇ごっこをやるのが学生活動家の間ではやっている。そんなときに使われる言葉。
イカス」格好で、ピストルの持ち方が「カッコいい」と「シビレル」とくる。
これに似ているのが「ゴキゲン」。派手なスタイルの女子学生も「ゴキゲン」なら、男の子と女の子が腕を組んで派手にキャンパスを歩いているのも「ゴキゲン」というわけ。
しかし、こうゴキゲン派の学生ばかりふえたんでは「トサカにきちゃいますね」。
MMK・MMC 文学部など、女子学生がふえてくるとこんな言葉も現れる。
MMK」は、もててもてて困る、のローマ字の略語。もっぱら文学部や音楽学部の男子学生の愛用語らしいが、そこで他の学部の学生がいった。「おれのところはMMCさ」。こちらは、もてなくてもてなくて困る、と訳すのだそうだ。
同じアルファベットを並べるにしても、女子大にはこんなのが・・・
「あなたPHDよ、お気をつけあそばせ」。「Petticort Hanging Down」の略なんだそうだ。

2014/02/01 笑っていいとも「言葉の達人」
このコーナーもすでに3回放映された。国語辞典「大辞泉」に載せる言葉の新しい解釈を試みようとするものである。題して「国語辞典をアップデート」。レギュラー陣とゲストが「達人」目指して新解釈に挑戦する。これを小学館「大辞泉」の編集長、板倉俊氏が判断する。これまでに出題された言葉は「大人」「結婚」「涙」の三つ。その解説内容の出来栄えによって「達人」「入選」「未熟」が判断される。

その中にあって異彩を放っているのが木下優樹菜である。三つのテーマすべてが「達人」の評価を受けた。ユッキーナのこの隠れた才能に驚かされる。彼女の鋭い解釈は次の通りである。
解釈
「大人」 一年365日を異常に早く感じてしまう人
「結婚」 お米の固さの好みを受け入れること
「涙」 溢れる感情の結晶

「涙」の解釈が「達人」に認定された時のユッキーナの説明は次の通り。
『涙って悲しい時だけじゃなくて、嬉しい時も、楽しい時も溢れる涙だと思うから、それをどうにかまとめたくて悲しい時だけじゃないよって、溢れる感情というのにまとめて、涙はロマンチックなものだから綺麗にしたくて結晶という風に・・・』

この解釈に板倉編集長はこう言う。
『辞書は出来るだけ短く、その中でどれだけ情報を入れるかが大切で、理想的な解説のやり方。30年辞書をやってますけど、僕、この文書を読んだとき“嫉妬”を感じましたからね。出来れば一緒に辞書つくりませんか。』
ユッキーナの才能は、日本の辞書づくりのトップに君臨する人が”嫉妬”するほどの鋭い感性だった。