映画
「マーガレット・サッチャー
鉄の女の涙」を観て
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ile No.120320
メリル・ストリープは、第84回アカデミー賞で主演女優賞を獲得した。主演女優賞の受賞は30年ぶり2回目である。プレゼンテーターのコリン・ファースは、こう紹介した。「あなたの演技をまのあたりにすれば、史上最多の17回のノミネートも容易に納得できます。最高の演技で演じるたびにハードルを上げる。今回のサッチャー首相役でまたも偉業を成し遂げた」。メリル・ストリープは、ステージに上がると「まずダン(夫)に感謝を・・・いちばん大切な存在だと伝えたいの」と言った。世界を代表する女優ながら、その中心にあるのは一貫して家庭だった。サッチャー元首相本人も昔こう言っていた。「主人の助け、家族の助け。何が起ころうとも頼りになるんですね。安心できる、慰めてもらえる。愛情というのは必要なんです。私にはそういう家族としての助け合いがありましたから」。何事かを成し遂げる人は、それなりのしっかりした人生の基盤を持っている。
認知症のサッチャーは、いまだ他界した夫のデニスと生活をしている。昔と同じように夫に話しかけている。「牛乳が高価になったわ。49ペンスですって」。夢と現実の世界を行き来しながら、サッチャーの人生を振り返っていく。雑貨商の家に生まれたマーガレット(メリル・ストリープ)は、オックスフォード大学を卒業し、政治家への道を目指す。しかし、下院議員に立候補するも落選する。落ち込むマーガレットに、デニス・サッチャーが結婚を申し込む。結婚を承諾したが「自分の人生をどう生きるか。茶わんを洗うだけの人生はいやよ」と、はっきり自分の生き方を告げるマーガレット。幸せな家庭を築いていくマーガレットだが、下院議員に当選し、政治家としての道も歩み始める。いよいよ登院の日、決意を持って出かける。「狂乱の世界へようこそ」。「党を変えたければ党首に、国を変えたければ首相に」。やがて歴史の流れを変えた女性首相が誕生する。
マーガレット・サッチャーは、女性首相ながら、強硬な政治を行ったことから「鉄の女」と呼ばれた。「改革に痛みはつきものです。決断せねばなりません」「戦いは何があってもテロに屈してはなりません」「攻めるときは攻めなきゃ」「イエスマンなど欲しくないわよ」「堅い決意でこの国をよみがえらせます」「妥協はしません。相手が始めた戦争です」「私は戦ってここまで這い上がってきた」。映画のなかのいくつかのセリフだけでもサッチャー首相がどんな政治家だったかわかる。しかし、強硬であればあるほど敵も多い。サッチャー本人もこう言っている。「政界に入るのは戦の前線にいるようなものだから」。男社会の国会に、雑貨屋の娘が乗り込んで頂点を極めるには、それ相応の試練があった。
どこかの国の誇りを忘れた政治屋たちに、つぎのセリフを贈ろう。
「保守党の理念を再認識させてやりたいの」「グレートブリテンをその名に恥じない偉大な国へ」。
名優と言われる俳優は、スクリーンのなかでその存在感が際立つ。ところがメリル・ストリープの演技を観ていると、それを超越している。"すごさ"を感じさせない"すごさ"、それは天才的な才能と言うべきだろう。今回の映画でも、どう見てもマーガレット・サッチャーがそこにいた。「デニス、幸せだった?正直に言って」という弱々しい老女も彼女なら、「英国の領土侵攻を許すことはできません。英国領土である以上フォークランドを取り戻します」という強烈な首相も彼女である。そんな演技が評価されて、30年にもわたってアカデミー賞の常連となっている。それが彼女の奥の深さとなっている。今回も苦労を共にしてきた長年の友のメイクアップ賞受賞を心から喜んでいた。スピーチではこう結んでいる。「受賞できたことは名誉なことです。でも大事なことは友情であり、愛であり、映画への情熱を共有する喜びです。だから感謝します。天国にいるみんなにも、すてきな仕事を与えてくれてありがとう」。
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「マーガレット・サッチャー 鉄の女の涙」
2011年/イギリス映画/105分/字幕・戸田奈津子
監督:フィリダ・ロイド
主演:メリル・ストリープ
第84回アカデミー賞
主演女優賞、メイクアップ賞
受賞