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File No.111211

今、天神イムズ8F・アルティアムで『宮島達男「その人と思想」展』があっている。展示室の最初にその思想が掲げられている。その思想とは「Art in You」である。ほんの一部分だが紹介しよう。「・・・アート作品は、人間の心に反応して、初めてアート(美)として成立するのだ。・・・それは見る人が居てはじめて存在できる。むしろ、見る人と共にアート(美)を創っているのだ・・・」。実に明快で、我々が美術に親しむことを力強く後押ししてくれる。この思想はある意味ホイーラーの「ビットからイット」理論につながるものがある。「観測者による宇宙創生」である。「全宇宙は意識と情報に支配されている。意識は存在を決定する支配的な力となる」。我々がアートを観るとき、それは一人ひとり違った解釈をする。極端に言えば、同じ人であっても、今日の解釈と、明日の解釈はまた違う。つまりひとつのアートは、無限の並行世界を作り出す存在なのである。

福岡市美術館で開催されている「第66回・行動展」(行動美術協会)に行ってきた。観終わった後、今回も気に入った作品の絵ハガキを買ってきた。ひとつは桜井忠彦氏の「流転'10〜12」である。会場では勝手な解釈を試みた。巨大な太陽のエネルギーの下、45億年にわたる地球の変遷をイメージした。それは、火の球であった地球が長い時を経て、膨大な生命を育む大地となり現在に至った。しかし、今だに地下深くは燃えさかり、表層のプレートは動き、大震災を引き起こしている。もうひとつの新美ル也氏の「転生のHAZAMA」という作品である。行動展のエネルギーはすごい。どの作品も圧倒されそうな迫力で迫ってくる。ところが、この作品の前にきてふっと安らいだ。白い砂浜に静かに打ち寄せる波。この繰り返されるリズムと、その先にある永遠に繰り返される輪廻転生のリズムがシンクロしているように思える。描かれた場所は丁度その狭間にあり、おそらく右上の強い重力で時間がゆっくりと進んでいるのだろう。

夏目漱石は「草枕」の中でこんなことを言っている。「あらゆる芸術の士は人の世を長閑(のどか)にし、人の心を豊かにするが故に尊とい」。さて有名な画家たちはどんな思想で絵を描き、我々の心を豊かにしてきたのだろうか。モディリアーニは「私の求めているものは、現実でも非現実でもなく"無意識"すなわち、人類に本能的に備わっている神秘である」。ルオーは「王様であろうと皇帝であろうと、私の前にいる人に対し、私はその人の"魂"をみたいと思う」。ムンクは「魂の叫びこそ描くべきだ」。いづれも人間の根源に迫ろうとしていることが分かる。ダリが、目には見えない深層心理を描き出そうとしたことに通じている。すべてのアートの根底に流れる思想である。それが自ずと観る人の心を豊かにしてくれるのである。

クリムトのウィーン分離派の会館には「時代にはその時代の芸術を、芸術には自由を」と分離派の思想が書かれているという。芸術は、バルビゾン派から印象派へ、そしてキュビスム、抽象絵画へと、それまでのものを打ち破ろうとして歩いてきている。ヨーロッパで発展してきた絵画は、第二次世界大戦後、ニューヨークにその中心が移り、抽象絵画として発展する。その抽象表現の最も象徴的な画家はやはり、マーク・ロスコだろう。ロスコは「私は抽象表現主義の画家などではない。色とフォルムの関係などどうでもよい」と言っている。しかし、ロスコの作品こそ"無意識""本能""魂"そんな人間の根源を表現しようとする究極のものだといえる。これこそ、観る人が、観る人の世界を、その絵を媒体にして創り上げるのである。私はいつも展覧会に行くと、気に入った絵の絵ハガキを買って帰る。それは自分の家で、ミニ美術館を作ろうという魂胆からである。いかにも庶民と言わないでくれ。そうするうちに、いつかロスコの絵から息遣いが聞こえてくるようになるかもしれないのだから。

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行動展:桜井忠彦氏
行動展:新美ル也
わが家のミニ美術館
2012・01・31 絵画の修復
先日、「One Day Pass」で石橋美術館に行った時、「補筆あるいは描き直し」のコーナーに、青木繁の「大穴牟知命」の“X線透過写真”が展示してあった。その写真では、描いた当初は右側の女性が男性の方を向いていた。今は絵画を傷つけることなく、科学的に絵の下を見ることができるようになった。
今日のテレビ番組「ぶらぶら美術館」では、絵画の修復家・岩井希久子さんが、フェルメールの「手紙を読む青衣の女」の修復について話をしていた。
「修復する前に世界中の有識者、学芸員さんや館長さんクラスの人たちに、ちゃんと“こういう修復をします”という方針を納得してもらう。そのうえで、世界中から17世紀の油絵の専門家が集まって、、みんなを説得できるだけの資料を揃えて、科学的調査もしたうえで黄変したニスを除去した」
修復は、50年くらいに一度づつ、繰り返しするという。名画は、世界の貴重な財産であるというのがよく分かる話だった。