映画「ラビット・ホール」と並行世界 映画のページ

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この映画は、ピュリツァー賞(ドラマ部門)を受賞した名作戯曲に感銘をうけたニコール・キッドマンが映画化し、自ら主演した作品である。愛する子供を失った母親の苦悩、喪失感を、彼女がどう演じているかが見どころである。突然降ってわいた極限の悲しみ。その受け入れがたい悲しみと、受け入れざるを得ない現実、交錯する感情を繊細に描いていく。この映画で、ニコール・キッドマンは、アカデミー賞やゴールデンやゴールデン・グローブ賞の主演女優賞にノミネートされた。他にいくつもの映画批評家協会賞の主演女優賞にノミネートされている。それは映画のプロたちから、その演技力が認められ評価されたということである。この映画制作にあたっては、すでに決まっていた映画を降板したという。彼女の、この映画に賭ける意気込みがわかる。初めてプロデュースした作品であり、自ら主演した作品が、高い評価を受けたことで、新しい道を切り拓いたと言える。

「ラビットホール」というのは「不思議の国のアリス」で、アリスが落ちた"うさぎの穴"のことである。映画では、交通事故の加害者の少年が描くコミックのタイトルが「ラビット・ホール」である。それは並行世界(パラレルワールド)をテーマにしたもので、ラビットホールを通って、少年が別の世界の父親を捜し行くという設定である。少年の描くコミックには、多くのラビットホールが描かれている。量子論では、宇宙が同時に無数に存在する可能性がある。宇宙の初期、わずかなゆらぎによってわれわれの宇宙が誕生した。それは、ひとつだけではなく10の500乗の異なる宇宙が存在する可能性があるという。しかし、それぞれの世界は違う振動数で振動しているため、お互いは影響しない。物理学者のアラン・グースは「エルビス・プレスリーが生きている世界もある」と言った。似て非なる並行宇宙が、我々のすぐ傍に存在しているのである。ベッカ(ニコール・キッドマン)が言う。「ここは悲劇のバージョンってわけね。並行世界で楽しくやっている私もいる」。

ホイーラーは「意識は存在を決定する支配的な力となる」と考えた。「観測者による宇宙創生」といい、観測することによって自分自身の現実を作り上げているという。それを「ビットからイット」理論という。このところ現実をつぶさに観察していると、ひょっとして私が今いる世界は、そう認識させられただけ世界なのではないかと思えてきた。もちろんマクロでは決定された規定の路線を歩くが、個々の事象はそう考えることで、合理的に説明がつく。無数にあるであろう並行世界との関係は分からないが、少なくともいま私を取り巻く現象は、認識によって生み出されたものではないだろうか。その認識は人間の情報処理によるものである。目には見えないが、何らかの力によって、脳内を流れる微弱な電流をコントロールすることは容易であると思われる。ひょっとすると、コントロールされた認識によって、次々に新しい並行世界が生まれているのかもしれない。

冒頭ベッカが「少しでも元通りに」と、放っていた庭に腐葉土を入れ、草花を植え水をやる。これはベッカの心の状態を暗示している。彼女は、愛する子供を突然亡くした悲しみと戦っている。何をしても喪失感から抜け出すことができない。そんな中、子供の遺品を地下室に片付けるとき母親に話しかける。「悲しみは消える?」「いや、でも変化はする」「どう変わるの?」「何て言うか、重さが変わる。のしかかっていた重い大きな岩が、今はポケットの小石になるの。胸が震えるのはどうせ消せないんだし、いいのよそれでね」。母親の心を受け入れ、少年から聞いた並行世界の存在に、少しづつ心に安らぎを覚え、前向きになっていく。悲しみは、それから逃げても去ることはない。それを受け入れ、向き合い、どう乗り越えるかである。そんな心の葛藤を演じるニコール・キッドマンだが、元勤務していたサザビーズに出かけるシーンでは見せてくれる。エプロン姿で、台所に立つ姿も絵になるが、髪をアップにし、黒のスーツに身を包み颯爽と歩くニコールがまたいい。


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「ラビット・ホール」

2010年/アメリカ/1時間32分

監督:ジョン・キャメロン・ミッチェル
出演:ニコール・キッドマン 、 アーロン・エッカート

ニコール・キッドマンは、この映画で
「アカデミー賞」「ゴールデン・グローブ賞」
主演女優賞にダブルノミネートされた。

これはアメリカ公開版ポスターをポストカードにして、
初日来場者にプレゼントされたもの。(福岡では2011年11月19日公開)

北米では2010年12月17日に限定公開されている。このカードの右下隅には
「IN SELECT THEATERS DECEMBER 17」と印刷されている。