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File No.110807

昨日(8/6)テレビでFNS歌謡祭「日本を勇気づける名曲」というのを放映していた。数ある名曲の中で1位に輝いたのが、坂本九さんの「上を向いて歩こう」だった。"涙がこぼれないように、上を向いて歩こう"という歌である。大震災以降、よくメディアから流れてきていたのが、唱歌の「ふるさと」である。渡哲也さんが、ハーモニカで演奏していたのが強く印象に残る。 "忘れがたきふるさと"の父、母、友、山や川。心の中にある"ふるさと"の姿を想う歌である。震災で打ちひしがれた人たちの心を揺り動かしたのは、意外にも心に沁み入る穏やかな曲だった。そこで今、改めて唱歌を聞きなおしてみた。「日本の唱歌」(日本コロンビアCOCN-20008)というCDがある。 "ザ・ベスト"という選曲だけあって、35曲全部がなつかしい曲ばかりである。私がこのCDを気に入っているのは、いろいろ編曲をせず、実に素直に歌い、シンプルに伴奏しているところである。伸びやかな澄んだ歌声で、ひとつひとつの曲を大事に歌っている。

唱歌のすばらしさは、心地よいメロディとともに、「歌詞」の味わい深さである。特に明治から大正期における「文部省唱歌」は実にいい。以前にも随筆のどこかで書いたと思うが「冬景色」などは、私が好きな唱歌の一つである。澄んだ空気が流れ、花が咲き、鳥の声が聞こえる。広がる畑で、人が麦を踏み、日が暮れれば闇に包まれる山里。歌詞をじっくり読んでみると、日本の原風景が目に浮かんでくる。まさに唱歌「ふるさと」の世界に通じる。紅葉の時期になると、多くの人が紅葉の名所を訪れ、その鮮やかさを心に焼き付けてくる。古来より、四季の"豊かな色彩"は、日本人の繊細で鋭い感性を育んできた。唱歌の「もみじ」などもそれをよく表している。"・・・山のふもとの裾模様・・・水の上にも織る錦"。私は、小学校のころ"濃いも薄いも"という歌詞を、"小芋、うす芋"と思っていた。では "うす芋"とは、いったいどんな芋なんだ、と先生に聞いたことがある。歌詞の内容を理解して以来、忘れられない唱歌になった。

日本の唱歌で思い出すのは「二十四の瞳」である。全編を通して、童謡・唱歌が効果的に使われていた。そのひとつが「七つの子」である。入院した大石先生(高峰秀子)を慕う子供たちが、みんなで会いに行く。子供の足にはあまりに遠い道のりに、みんなが泣きながら歩いているとき流れるのが「七つの子」である。また、本校に変わるため挨拶にきた大石先生を、見送るときにみんなで「七つの子」を合唱する。松江が、修学旅行にきた大石先生と同級生たちの乗った船を、そっと泣きながら見送るシーンにも「七つの子」が使われていた。そして、最後に料亭(マスノの家)で、大石先生を呼んで同窓会をするとき、みんなで合唱するのもまた「七つの子」である。ところが、私が小学校の頃、映画館で観たとき、非常に印象に残ったのは、むしろ「浜辺の歌」だった。東京の音楽学校に行って歌手になりたかったマスノ(月丘夢路)が、最後の同窓会シーンで歌う。流れるような旋律とともに"昔のことぞ偲ばるる"と、涙ながら情感たっぷりに歌うマスノの歌がずっと心に残っている。

流行歌は一瞬にして、キラキラと輝いていた青春時代にタイムスリップさせてくれる。カラオケを歌わせると、その人の年齢が大体わかる。さて童謡・唱歌はどうであろうか。当然のことながら、それは青春時代の輝きとは本質的に違う。心の中の奥深いところに、沈み隠れている。唱歌「ふるさと」のハーモニカの音色に、涙した人がいる。それは、心の深い部分を揺り動かされたからに違いない。涙というものは、心のアカを洗い流してくれる。辛い時には思い切り泣くといい。震災から立ち直るとき、みんなが選んだのは「上を向いて歩こう」であり、「ふるさと」である。CD「日本の唱歌」のサブタイトルには、「唱歌は<心のふるさと>そして<未来への絆>」とある。震災を表す漢字で「絆」という字も見られる。明治、大正、昭和と歌い継がれてきた唱歌であるが、平成の学校ではどんな音楽を教えているのだろうか。少なくとも、辛い時に心を揺り動かしてくれるような音楽が、生きていく上で必要である。我々は、先人たちが紡いできた心を受け取り、次の世代に渡していく義務がある。



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唱歌は<心のふるさと>そして<未来への絆>

ザ・ベスト「日本の唱歌」
全35曲

日本コロンビア
COCN-20008
[収録曲](1)春の小川(2)さくらさくら(3)かすみか雲か(4)朧月夜(5)ふじの山(6)鯉のぼり(7)鳩(8)若葉(9)茶摘(10)夏は来ぬ(11)かたつむり(12)たなばたさま(13)海(14)桃太郎(15)浦島太郎(16)われは海の子(17)とんび(18)浜辺の歌(19)月(20)虫の声(21)村祭(22)汽車(23)村の鍛冶屋(24)牧場の朝(25)紅葉(26)旅愁(27)埴生の宿(28)冬の星座(29)冬の夜(30)雪(31)スキーの歌(32)冬景色(33)早春賦(34)故郷(35)春が来た