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「英国王のスピーチ」
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File No.110310

先日、第84回アカデミー賞が決定した。12部門でノミネートされた「英国王のスピーチ」が、主要4部門(作品賞、監督賞、主演男優賞、脚本賞)に輝いた。「ソーシャルネットワーク」という対抗馬はあったものの、結局大本命が順等に賞レースを制したようだ。因みに、ゴールデングローブ賞の主演男優賞もコリン・ファースが受賞している。映画館のポスターには急きょ「祝・アカデミー賞・作品賞受賞!主要4部門独占受賞」のシールが貼り付けてあった。私は映画を観たら、大抵パンフレットを買うが、すでに売り切れていた。座席も、ウィークデーにもかかわらず、ほとんど埋まっており、空いた席に座るしかないような状態だった。アカデミー賞の威力は絶大である。映画は現エリザベス女王の父、ジョージ6世が、幼い頃からの吃音に悩み、生涯の友となる言語聴覚士ローグと、心を通わせながら克服していく姿を描いたものである。史実に基づくストーリーを、友情、苦悩、ユーモアを織り交ぜながら、感動的に仕上げた秀作である。エリザベス女王も「感動的な作品です」との感想を述べられたという。


ジョージ5世の次男ヨーク公(コリン・ファース)は、幼い頃から吃音(きつおん)に苦しんでいた。心を痛めていた妻エリザベスは、言語聴覚士ローグ(ジェフリー・ラッシュ)を新聞広告で見つけ訪ねる。治療するのがヨーク公だと知っても、ローグは「治すには"信頼"と"立場"が必要です」「ここではお互い対等に」と妥協するところがない。ローグ「吃音はいつから?生まれつき吃音の子供はいない」、ヨーク公「4〜5才からだ。普通にしゃべった記憶がない」。ヨ−ク公は幼い時から、左利きを右利きに変えさせられ、X脚矯正の激痛に耐え、お付の人との確執など、心の痛みが吃音となって表れた。王族に対しても遠慮のないローグ。喧嘩したり、頼ったり、紆余曲折を経て、二人の心は次第につながっていく。やがて老齢の父・ジョージ5世が死去する。兄のエドワード8世が王位を継ぐが、離婚歴のある女性との結婚を望み、国王の座を降りる。国民を導く星であり続けたジョージ5世。ヨーク公はその国王の座を、心ならずも継承することになった。折しもドイツではヒットラーが台頭し、まさに第二次世界大戦突入しようとしていた。


オードリ・ヘプバーンの「マイフェア・レディ」を思い出す。「音声学は、私の仕事で、趣味でもある」というヒギンズ教授。教授は「私が仕込めば、ひどい訛りの花売り娘・イライザも半年で社交界に出せる」と豪語する。そこでピカリング大佐と賭けをすることになり、ヒギンズ教授の特訓が始まる。繰り返し言わされるフレーズが「スペインの雨は、主に平野に降る」である。今回の映画でも「腫瘍摘出中の主治医は、手術内容の守秘義務がある」(?確かこんなだったと思う)というフレーズが出てくる。それにしても、ヘプバーンは綺麗だった。あの輝くような気品は今観ても実に眩しい。私が「ローマの休日」の中で好きなシーンをひとつだけ挙げるとすれば、大使館へ帰ったアン王女が大使たちと話すシーンである。大使「私は国に対して義務がございます。王女様にもその義務が・・・」、アン王女「私に対して二度とその言葉を使わないで。王室と祖国に対する義務があるから戻ってきたのです。戻らないこともできました」と、さっきまでの恋する可愛い女性から、アン王女として、凛とした気品を取り戻すシーンがいい。


映画の中で、ヒットラーが聴衆を前に、スピーチするシーンがある。これを見てジョージ6世は「うまいなー」と言う。ヒットラーは、演説の指導をオペラ歌手から受けたと聞く。ローグは治療のひとつの方法として、「スワニー川」や「草競馬」を歌わせる。歌というのは、緊張を和らげ、心の中を滑らかにする。最後の戦争スピーチで、ジョージ6世の前に立ったローグは、あたかもオーケストラを指揮するマエストロのようである。無事スピーチが終わって、幼い王女が「最初はあぶなかったけど、持ち直したわ」と言う。ローグが指揮したのは、あぶなかった最初の方である。持ち直した後半、ローグは静かに国王のスピーチに聞き入る。生涯よき友として、心を通わせる二人が確かな手ごたえをつかんだ瞬間でもあったろう。幸か不幸か、ラジオという新しいメディアで、国王は直接国民に話しかける時代になった。戦争へ突入する歴史的な時、国民は国王の力強い言葉を待ち望んでいた。必死に国民に呼びかける国王世紀のスピーチは、国民の魂を揺さぶり、熱狂的に受け入れられる。



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英国王のスピーチ」
2011/02公開 /118分
監督: トム・フーパー
出演: コリン・ファース
ジェフリー・ラッシュ
ヘレナ・ボナム・カーター

2011/03/31 アカデミー賞授賞式の様子
オリジナル脚本賞は「英国王のスピーチ」のデヴィッド・サイドラーが受賞した。監督賞を受賞したトム・フーバーのスピーチによれば、サイドラー自身が少年時代、きつ音を克服したのだという。サイドラーは「私は史上最年長の脚本家だと思います。この記録が何度も更新されますように。・・・きつ音で悩む世界中の人々を代表してこの賞を受け取ります。彼らの声は皆さんに届きました。ありがとう」。スピーチ中、会場から何度も大きな拍手が送られた。自身の経験があって書かれた脚本だからこそ胸を打つ映画ができたとも言える。「英国王のスピーチ」は、言ってみれば“脚本の勝利”なのかもしれない。