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File No.100210

魁皇関に、福岡県栄誉賞と直方市(のうがたし)特別市民栄誉賞が贈られた。直方市の会場には5000人が詰めかけ祝福したという。幕内通算勝ち星は、現在史上1位の815勝。初場所でそれまでの記録807勝を抜いて記録更新中である。さらに来場所には幕内在位100場所になり、これもまた記録更新中である。魁皇関のすごいところは、533敗という負け数と、幕内最年長にして達成したことにある。ケガを克服し、身体をつくり、気力を充実させ、真摯な態度で土俵に上がってきた。前人未到の大記録はすなわち、相撲道をまっすぐ歩き続けていてきたことの証である。そんなところが人気の所以であり、場所中の「魁皇コール」につながっている。魁皇関が勝った日は、地元直方では花火が上がる。栄誉賞を受賞し、拍手に包まれた魁皇関は「地元はありがたい。一番一番自分の相撲を、楽しんでもらえる相撲を取っていきたい」と決意も新たにした。地元の人たちは「郷土の星」に惜しみない声援を送り、それを誇りにする。星取表に出身地が載っている意味もそこにある。それこそ、大相撲の本来あるべき姿であろう。

私は、今回の朝青龍問題で初めて「ヒール」という言葉を知った。朝青龍にとって、土俵入りで締める綱は、チャンピオンベルトであり、土俵はリングになっている。風土の違う外国から来て、ただ単に勝てばいいとしか理解していない。神事である相撲を単なる格闘技にしてしまった。本場所前日には「神迎えの儀式」により土俵に神様をお招きし、場所が終わると感謝とともに「神送りの儀式」が行われる。土俵の上にある屋形は「神明造(しんめいづくり)」という伊勢神宮と同じ造りになっている。つまり場所中、土俵上は"神宿る"聖なる空間となる。力士は、水で身を清め、塩で土俵を清める。その所作ひとつひとつに神事としての意味が込められている。本場所中にもかかわらず、記憶にないほど泥酔し、暴力をふるうとは何事か。神社と同じ"しめ縄"をつけることを唯一許された横綱が、品格を問われるようでどうする。度重なる「厳重注意」とは一体何だったんだ。今回の問題でも7対5票で、引退という形のクビに追い込んだものの、外部理事と貴乃花親方を除けば、4対5票であろうから事は深刻だ。興行収入に目がくらみ、単なる格闘技などにしてなるものか。

もうひとつ、相撲界の大きな話題は、貴乃花親方の理事就任である。一門を離脱してまで、立候補したには、それ相当の覚悟と理由があってのことだ。貴乃花親方を支持し、行動をともにした6人の親方たちも同じである。それほど、今の相撲界に危機感を持っていたということだ。あと数年待てば、順送りで理事になれるという。しかし、それではインパクトはなく、改革の意は伝わらない。我々に知らしめる意味でも、実に有効な一手であったと言える。しかし、一門の締め付けに見るように、そうしたことによって、四面楚歌の構図となり、7人の侍には茨の道が待ち受ける。だが、若い親方衆の中には、同じ危機感をもつ親方もいる。一門の枠を超え貴乃花親方に投票した安治川親方は「頭より、心で動いた」と言っていた。自分自身を裏切ることなく、純粋に相撲界を思う気持ちで投票した勇気に拍手を送りたい。それと、もうひとつ大きかったのが、大山親方が変えた投票方式である。以前行われた投票会場の様子を見て、思わず笑ってしまった。そんなことがまかり通っていた世界である。今回は投票方式の改革があったからこそ、貴乃花親方の理事が誕生し、一筋の光明がさしたとも言える。

過日「笑っていいとも」のテレフォン・ショッキングに、千代大海関が出演した。トークが終わって、千代大海関が翌日につないだのが、師匠である九重親方だった。電話に九重親方が出ると、千代大海関は、椅子から立ち上がり、きちんとした姿勢で親方と話し、タモリさんが電話を切るまでその姿勢を崩さなかった。貴乃花親方たち7人の侍は、大鵬親方へ当選の報告と、退院したばかりの大鵬親方の快気祝いで訪問した。終わって帰るとき、貴乃花親方は、身体を悪くされている間垣親方を気遣って、雪の中、誠心誠意サポートしていた。そういう礼節を重んじる精神こそ、剣道・柔道などとともに相撲道においても基本中の基本である。貴乃花理事は「教習所長」と「監察委員長」に就任して、次のように述べた。「日本人が精神的な支柱を持って戦いぬくという姿勢をファンの皆さんは望んでいると思う。その信念のもとに指導にあたらねばならない。我ら日本の国技の相撲だという世界にして行くのが私の夢です」。郷土の星として、声援を受けるような立派な力士が育ってほしい。7人の侍が歩き出した道のりは、遠く険しいものになるだろう。土俵で培った不屈の精神で、良き伝統を守り、改革すべきを改革し、新しい相撲界を築いてくれることを期待したい。我々も世論の後押しという形で、その一助になればと思う。

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土俵屋形 魁皇関の手形とサイン 列車時刻表「特急・かいおう」

2010・03・04 魁皇関・史上初の幕内在位100場所
今度の春場所で、魁皇関は幕内在位100場所という記録を樹立する。大阪府立体育会館で会見した魁皇関は「とうとう来たな、という思いがある。うれしさというより、達成感がある」、「昨年の今ごろからずっと目標にしていた」と感慨深げに、その思い入れを語ったという。本文で書いたが、魁皇関の記録は、533敗という負け数に支えられた記録であるところに、その価値があると私は思っている。「精いっぱいやって(ファンに)喜んでもらわないといけない」という言葉に、相撲道をまっすぐに歩いてきた魁皇関の生き方を見ることができる。