山田洋次監督、おめでとうございます。監督は、世界三大映画祭の一つ「ベルリン国際映画祭」で「特別功労賞」を受賞される。この映画祭に出品した映画が高い評価を受けたのである。監督は「長年、僕の映画を支持してくれた観客のみなさんや、特にこの映画のスタッフ、それから俳優さんの、皆さんに感謝しつつ、代表として受け取りたい」と、実にいい笑顔でコメントされていた。そして傍にいた吉永小百合さんが、祝福の気持ちを身体いっぱいに表して、ハグしていた。その山田洋次監督と、吉永小百合さんの映画「おとうと」は、「ベルリン映画祭」のクロージング作品になるという。「母べえ」から2年、また小百合さんが、山田映画に帰ってきた。今度の「おとうと」は、市川崑監督の「おとうと」が、モチーフになっている。きっかけは、市川崑監督が亡くなられたとき、葬儀で献花する吉永小百合さんの姿だったと聞く(?)。今回、改めて小百合さんの映画を「ガラスの中の少女」から、数本を観てみたが、その時代その時代、いつの時代にあっても輝いている。それは、内面の知性から発する輝きであろう。喪服姿の小百合さんはきっと、異彩を放っていたに違いない。
夫を亡くして20年。吟子(吉永小百合)は、苦しいながらも小さな薬局を経営し、義母(加藤治子)と、一人娘・小春(蒼井優)三人で暮らしている。吟子は、小春とエリート医師との結婚式を明日に控えていた。そんな中、弟・鉄郎(笑福亭鶴瓶)への結婚式の招待状が「宛先不明」で戻ってくる。昔から何かともめ事を起こし、その都度吟子が面倒を見てきた鉄郎である。兄・庄平(小林稔侍)ほか、身内のものはみんな、鉄郎が来たらまた面倒を起こすと心配し、来ないことを願っている。ところが当日、式の途中鉄郎が現れる。心配したとおり、式はめちゃくちゃになり、庄平は縁を切ると激怒する。しかし、鉄郎は吟子が育てたようなもの。家族の絆を、そう簡単に切ることはできない吟子。立ち直ってもらいたいと思う気持ちで、帰りの汽車賃を渡したり、鉄郎の借金130万円を工面したりする。「鉄郎!真面目に聞きなさい!」と叱る吟子。「わいみたいな、ごんたくれの惨めな気持などわからんやろ」と出ていく鉄郎。その後、消息が途絶えてしまう。心配する吟子は、こっそり捜索願いを出していた。警察から連絡が入ったが、鉄郎の身体はガンに侵されていた。
山田洋次監督は、吉永小百合さんについて、こう語っている「本当に不世出の女優さん。寅さんに出た頃、その何年か前から、吉永小百合という人は、日本の若者の希望だった・・・・」。今年の「現代用語の基礎知識」(自由国民社・「人物で読む昭和&平成年表」)には、1962年の頁に「・・・国民的女優となった。彼女のファンは"サユリスト"と呼ばれ・・・後年の原爆詩の朗読は、まさに国民的女優の名にふさわしい」と載っている。また文芸春秋・2009季刊夏号「映画が人生を教えてくれた」では、"心に残る映画スターベスト10"の第一位(邦画・女優編)に輝いた。そこに映画評論家の白井佳夫さんはこう書いている「・・・その作品に吉永小百合が出ているというだけで、映画館の暗闇のなかでスクリーンを見つめる観客たちが、恍惚としてしまうような大スターなのである。・・・・」。プロは実にうまい表現をする。タモリさんは、先日の「いいとも」で、いかにもタモリさんらしい表現で「吉永小百合さんと言えば国宝ですよ。来年には世界遺産になるんですよ」と言っていた。だから今、吉永小百合さんは、世界遺産の暫定リストに記載されているはずです。
山田洋次監督の描く映画の舞台は、決してエリートの世界ではなく、下町の身近な世界である。それは寅さんに象徴されるが、そのイメージは、今回鉄郎に受け継がれている。監督の映画からは、なんとも言えない暖かい心が伝わってくる。みんなにのけ者にされ、ひとりぼっちだった鉄郎に「たまには鉄郎君に花を持たせてやろうじゃないか」と、小春の名付け親になってもらった時のエピソード。エリート医師との結婚に破局した小春が、幼なじみでずっと想いを寄せていた亨(加瀬亮)と再婚する。亨が小春への想いを告白するシーンや、吟子が心の底から祝福して小春を抱きしめるシーンなど、至るところにそれを観ることができる。映画を観終わった時、ふわっとしたやわらかいもので心が包み込まれていることに気づく。私が観たときの観客は、スクリーンにエンドロールが流れても、誰ひとりとして席を立つ人がいなかった。少なくとも帰り仕度くらいはするのが常である。ところが、"市川崑監督「おとうと」に捧げる" "監督 山田洋次"まで、見事に一人も身じろぎもせず、あたかも山田洋次監督からの、メッセージを受け止め、味わっているかのようだった。それもまた、監督がくれた暖かいシーンのひとつだったのかもしれない。
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「おとうと」 (2010年) 監督:山田洋次 出演:吉永小百合 笑福亭鶴瓶 蒼井優 加瀬亮 家族の絆とは、人生とは、別れとは何かを切々と問いかける、笑いと涙の物語 |
文芸春秋2009:季刊夏号 「映画が人生を教えてくれた」 ≪心に残る映画スター・ベスト10≫ |
突然ですがクイズです。「吉永小百合さん、櫻井よしこさん、タモリさん。さてこの三人に共通していることと言ったら何でしょう?」 答えは「昭和20年生まれ」である。それぞれが、それぞれの分野でトップを走り続けている。ジャーナリスト・櫻井よしこさんは、日本の保守にとってなくてはならない存在であり、タモリさんは「笑っていいとも」で7000回という金字塔を打ち立てた。国民的女優・吉永小百合さんとともに、まさに「国民的○○」という形容詞がつくにふさわしい。映画「おとうと」の冒頭、日本の戦後のニュース映像が次々と映し出される。こういう事件事故など、同じニュースを見聞きし、同じ時代の空気を吸って生きてきたのである。同い年の私としては、田舎の片隅に居ながらも何だか誇らしい。 |
現代用語の基礎知識2010(自由国民社) 「人物で読む:昭和&平成年表」 1962【昭和37年】 【吉永小百合】 ・・・・まさに昭和30年代後半を代表する国民的女優となった。彼女のファンは「サユリスト」と呼ばれ、団塊の世代を中心に広範な広がりを見せる。後年の原爆詩の朗読活動は、まさに国民的女優の名にふさわしい。 |