「シャーロック・ホームズの科学捜査を読む」を読んで

(著者:E・J・ワグナー、訳者:日暮雅通、発行:河出書房新社)


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File No.090518
私がまだ少年のころ、このシャーロック・ホームズをはじめ、ジュール・ベルヌの冒険小説、モーリス・ルブランの「怪盗ルパン」、マーク・トウェインの「トムソーヤの冒険」など、夢中で読んだものだ。当時はもちろんテレビもなければ、テレビゲームもない時代である。トム・ソーヤと一緒に冒険し、地底旅行や漂流記にワクワクし、シャーロック・ホームズやルパンは、格好いいスーパー・ヒーローだった。今回の「シャロック・ホームズの科学捜査を読む」は、新聞の書評欄で知った。一見しただけで読まずにはいられないタイトルだ。あのホームズが魔法のごとく難事件を解明していくそのプロセスを、当時の科学的な裏付けで読み解くのである。早速、図書館から借りてきた。物語が書かれた時代や、法科学がどのように発展してきたのか。コナン・ドイルがどのような時代背景で「シャーロック・ホームズ」というヒーローを生み出したのか。これまでのホームズでは見なかった切り口で、実に新鮮である。

コナン・ドイルが生きたのは、1859〜1930年である。その生涯の中で1886年の第一作「緋色の研究」から約40年間にわたってホームズを執筆している。コナン・ドイルは、その時代の最先端の法科学の知識を得ていたに違いない。今回のこの本を読んでみると、現代に通じる法科学が次々に確立されていった時代だったようだ。19世紀、犯罪の現場で体系的なアプローチが重要なことはすでに論じられていたという。犯罪現場での超能力的な洞察力こそ、まさにホームズのホームズたるところである。1880年のヘンリー・フォールズの「手の溝について」は、指紋による犯人特定という革命的な犯罪捜査の始まりである。血液の検出については「緋色の研究」を著したころにはすでに"分光化学分析"という信頼性の高い検査法があり、裁判で用いられていた。1904年には、化学者ゲオルグ・ポップが"法の為の顕微鏡"を使いこなし、科学捜査分析において先駆的な役割を果たしたという。そのほか解剖学、毒物学、弾道学といった様々な分野で科学的な発達を見せた時代だったのである。

現代の犯罪捜査における科学鑑定は、その重要度をますます増している。DNA鑑定もその中の一つで、その威力を遺憾なく発揮している。先日の足利事件ではDNA再鑑定の結果、受刑者とは別人である可能性が強まった。現在のDNA鑑定の精度は、地球上で(一卵性双生児を除き)同一の型の人はいないという精度までになっている。以前にも、10数年前の未解決の殺人事件が、別件で逮捕した犯人のDNAと一致して解決したということもあった。(そういうことからしても「時効」はなくすべきだろう) 最近の事件でもうひとつ話題になったのが「和歌山の毒入りカレー事件」である。最高裁は、状況証拠のみで全員一致で「死刑」の判決を下した。その重要な要素の一つが「ヒ素」の科学鑑定だった。最新鋭の大型放射光施設「Spring-8」による鑑定である。不純物や微量の成分から、生産場所まで特定できるというその精度は、数百万分の1gの試料を破壊することなく分析できるという。現代の科学鑑定はそこまで進んでいる。

今回のこの本から、ドイル自身について見てみよう。72頁にはこう書いてある。「ドイルのよき助言者でもあり、シャーロック・ホームズのモデルとなったジョゼフ・ベル博士は・・・(中略)・・・。ドイルが1876年にベルに出会ったとき、彼はこの年配の鋭敏な感覚と推理力に大きな感銘を受けた」。このころドイルはまだティーンエージャーの医学生である。この年齢だったからこそ、インパクトも大きかったのだろう。199頁には「コナン・ドイルのストーリー・テラーとしての腕は、科学者たちの想像力に生気を与え、警察の研究所の機能を世間に知らしめたことによって大きく貢献した」とある。多くの人に読まれたホームズだが、ただ推理小説として楽しませるだけではなかったようだ。ホームズというヒーローを通して、当時の最新の科学捜査の内容と、犯罪現場でどう対処するべきか、警察も含めて末端まで知らしめたのである。それがまた、上記のように科学者たちに生気を与え、さらなる法科学の発展へ貢献した訳だ。今年はコナン・ドイル生誕150年の節目の年である。この本を通して、改めてコナン・ドイルの偉大さに接することができた。


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2009/05/19 最近のテレビドラマ
 今、テレビで天海祐希さん主演の「BOSS」というドラマが放映されている。アメリカのFBIで高度な捜査技術を学んで帰国した元キャリアの大澤絵里子が、新しく設置された特別犯罪対策室で凶悪犯罪捜査の指揮をとる。頭脳明晰で美人、深い知識からの適格な判断で、チームのメンバーを手足のように使い事件を解決していく。その分析、判断力はまさにシャーロック・ホームズなみである。第二回だったか、警官を装った殺人犯人が絵里子の部屋へ入り込む。視聴者としては、まさに迫ってくる危機にハラハラする訳だが、絵里子は警官の履いていた靴が古いタイプであることをすでに見抜いていた。輝いているアラフォー、天海祐希さんは常にこうあらねばならない。間違っても、理不尽な仕打ちに、ただただ耐えるような演歌歌手であってはいけない。
 内野聖陽の「臨場」という検視官のドラマも放映中である。このドラマもなかなか面白く毎週観ている。主役は、警視庁の鑑識課の検視官(警視)・倉石義男(内野聖陽)。「検視官は、刑事訴訟法に基づき変死体の状況捜査を行う司法警察員である」とドラマの冒頭に出る。倉石の検視における判断の鋭さ、正確さは群を抜き、彼の右の出るものはいない。倉石の口癖は「死者のために検視で拾えるものは根こそぎ拾え!」である。「シャーロック・ホームズの科学捜査を読む」でも、22頁に「(医者や解剖学者は)・・・殺人の犠牲になった死者から最後の悲しい秘密をなんとかして聞き出すのだ」。18頁には「・・・ホームズは、死体ばかりでなく犯罪現場のあらゆるものを調べる様子を、ワトスンがなんと生き生きと描いていることか」とある。検視官・倉石とオーバーラップする。
 木村拓哉の「MR.BRAIN」というドラマがもうすぐ始まる。このドラマの舞台は「警察庁科学警察研究所」である。主役の九十九龍介 (木村拓哉)は脳科学者だが、脳の一部を損傷したため右脳が驚異的に発達し、独自の視点や発想で難事件を解決していくという。科警研の他のメンバーもそれぞれ科学担当(爆発物・化学兵器などの成分分析)、生物学(DNA・指紋・血液など生体認証全般)や、画像解析、音声分析、行動科学などスペシャリストが取り巻く。おそらく現在の最先端の科学捜査を見せてくれることだろう。主役の九十九龍介は、科警研にあって、右脳で事件を解決してくという設定も面白い。どういう風に描かれているのか楽しみである。