平成18年6月9日付の官報(号外 第132号)で魏志倭人伝・伊都国の王墓「平原方形周溝墓」の出土品一式が国宝に指定された。指定された出土品は「銅鏡40面」「玉類一括」「鉄素環頭太刀一口」などである。皇位のしるしとして歴代の天皇が受け継ぐ三種の神器「鏡」「勾玉」「剣」が揃っている。もちろんその鏡の中には、世界最大直径46.5cmの「内行花文鏡」が含まれている。この鏡は、その大きさなどから「八咫(やた)の鏡」と同じと思われている。魏志倭人伝の「世有王皆統属女王國郡使往来常所駐」「自女王國以北特置一大率検察諸国・・・常治伊都國・・・」(現代語訳を下記)からも邪馬台国の時代「伊都國」が重要なクニであったことがわかる。弥生時代の王の権威を示す鏡が、国内最多の40面も出土したことがそれを裏付けている。今回の国宝指定も、そのあたりを含め「葬送の実態と弥生時代から古墳時代への変化を考える上で極めて重要な資料」として重要文化財から国宝へ格上げになったものだ。
平原遺跡(国史跡)は先頃公園整備が終わり「王墓の墳丘」も復元された。この王墓から出土したのは前記の通り「剣」は一本だけに対し、イヤリング、ネックレス、ブレスレットなど装身具が多い。平原遺跡が「女王の墓」とされている所以である。弥生終末期、邪馬台国の女王・卑弥呼、その後の台与(とよ)とともに、この伊都國もまた女王が君臨していた訳である。古墳時代へと受け継がれる伊都國、邪馬台国の時代が、「女王の時代」であったということは非常に重要である。伊勢神宮の祭神は「天照大神(あまてらすおおみかみ)」と「豊受大神(とようけのおおかみ)」である。天照大神の「天の岩戸」の神話は、卑弥呼の皆既日食をイメージさせ、豊受大神は台与(とよ)をイメージさせる。「八咫(やた)の鏡」などを考え合わせれば「伊都國」−「邪馬台国」−「天皇家」という流れはほぼ間違いない(と思っている)。つまりこれは、天皇家は「女王」から始まったと言える(と思っている)。
「皇室典範に関する有識者会議」は昨年11月、女性・女系天皇を認め、継承順位を「長子優先」という結論を出した。皇室には秋篠宮さま以来40年男子が生まれていないという状況から達した結論である。そんな中、今年2月秋篠宮妃紀子さまのご懐妊が明らかになり、皇室典範改正案の国会提出も見送られた。しかしながら、仮に今度誕生されるのが男子であったとしても、現状が大きく好転するわけではない。過去、常に男系で継承されてきた長い歴史はあるが、安定した皇位継承のためには「皇室典範」の改正は必要と考える。男系男子の継承を明文化した「旧皇室典範」が制定された時代背景は、長男が家督相続をし、「夫唱婦随」妻は夫の所有物だった時代である。時は移り昭和天皇の時代には、人間天皇となられ、側室を廃止され、美智子さまや雅子さまなど民間出身の妃殿下も誕生した。時代と共に皇室も“開かれた皇室”として大きく変わってきている。
21世紀は女性の世紀であり、男女共同参画社会の時代である。元はと言えば天照大神という女神から始まった天皇家である。その天照大神が卑弥呼であれば、卑弥呼の実家は伊都國であり、その伊都國も又女王だったことからして、元々女系ではなかったのか。であるならば女性・女系天皇は何ら問題ないのではないか。過去推古天皇をはじめ8人の女帝が存在された事実もある。思うに今後のあり方として、女性・女系天皇を認め、長子優先として継承の安定を図り、ご誕生の瞬間から誰もが将来の天皇として見守ることが大切である。愛子さまご誕生の折り、多くの国民がその誕生を喜んだ。しかし、その反面「内親王」ということが心のどこかによぎった人も多かったことだろう。ご誕生に際しては一点の曇りもなくお祝い申し上げたいものだ。今回、女王の墓の出土品一式が国宝になったということは、「皇祖」や「八咫の鏡」と無縁ではないと秘かに思っている。