久 英 |
「この歌、詩がすごいよね。作詞は中西礼だったっけ?」 |
|
カーラジオから、八代亜紀の「舟歌」が流れている。 |
|
“・・・しみじみ飲めば しみじみと〜 想い出だけが |
|
行き過ぎる〜 涙がポロリと こぼれたら〜・・・” |
日見子 |
「よく憶えてないけど阿久悠だったような気がする」 |
久 英 |
「阿久悠か〜。納得だな」 |
|
外には田植えの終わった佐賀平野が広がっている。940hPaの強烈な台風6号が近づいている影響なのか異常に蒸し暑い。 |
久 英 |
「でも中西礼でこんなのあったような気がしたんだけどな」 |
日見子 |
「あ〜、たしか・・・・、う〜ん思い出せないわね。ニシンかなんかの漁の歌でしょ」 |
|
日見子は、太陽の光に弱い。今日も車のウィンドウにハンカチを挟んで日よけにしている。カークーラーは22度に設定してフル回転している。 |
久 英 |
「そう言えば、この間丸山明宏(美輪明宏)の“ヨイトマケの歌”がかかっていたよね。あれって、丸山明宏の作詞・作曲らしいよ」 |
日見子 |
「あの時のは何かジーンとくるものがあったわね」 |
久 英 |
「えっ、実を言うと俺もそう思ってたんだ」 |
日見子 |
「レコードを録音するとき、よほど何か深く思うところがあったんじゃないかしらね」 |
|
日見子は、ゆったりとシートに身を沈めてドライブを楽しんでいる。 |
|
快適である。もう11万キロを超えた車だが、居住も走りも、何の不満もない。 |
久 英 |
「10年も前だったかな。あの時もドライブしていて江利チエミの“テネシーワルツ”を聴いたのを思い出すね」 |
日見子 |
「そうそう、あの時二人とも黙ってしまった、と言うより絶句したわね」
|
久 英 |
「そうその時も“録音のときの江利チエミに何があったんだ!!”って思ったね」 |
日見子 |
「歌手は誰でも感情を込めて歌うんだけど、そこまで突き抜けたものはそうそうはないわね。歌唱力とか感情表現の問題とは違う次元だわね」 |
久 英 |
「うん“慟哭”という表現はオーバーかもしれないけど、それくらいのものがあって心が揺れていると、レコードを通してでも伝わるんだろうな」 |
|
車は、佐賀の北部バイパスを抜けて、背振の山越えのルートに入ってきた。台風6号は、明後日くらいに九州を直撃するようだ。 |