Here We Go !
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file-No.030715

「今度の土曜日、ドライブしょうか」
「ええ、いいわよ」
ドライブ好きの日見子である。久英には、その返事が充分予測できていた。
「でもね、天気がちょっとよくなさそうなんだ」
「いいわよ、熱い日差しなんか ない方が快適だもの」
土曜日は、予報どおりの雨模様になった。もしかすると大雨になるかもしれない。
でも雨天決行。日見子は、ドライブ用のスナック菓子など買い込んで準備万端である。

Here We Go!」

福岡から、背振山を越えて佐賀に出る山越えのルートを走る。

峠付近のトンネルを出たところで
「ああ、この少し先に店があるから車を止めて」
テレビか何かの情報をチェックしていたらしい。
待つことしばし、日見子は出来たての「草もち」を買ってきた。
「ほら、まだやわらかくておいしいわよ」
ふたりは、もちについている、片栗粉が落ちないように注意しながらほうばる。
「ところで、島田洋七が住んでいるって言ったのは、三瀬村じゃーなかったかね」
「ええ、そうよ」
「田舎暮らしが流行っているらしいけど、なんでまた突然、三瀬村なんだろうね」
「小学校の頃から高校くらいまで、ここのおばあちゃんの家で暮らしていたらしいのよ」
「ふ〜ん」
「それがね、そのおばあちゃんというのが“とういそくみょう”の答えが返ってくるようなすごいおばあちゃんらしのよ・・・・・・(以下省略)」。
ん?“とういそくみょう”って何だ?さしずめ久英を漫画に描いたら、頭の上に「?マーク」が3つも4つもついている。聞くのも癪だから「ふ〜ん」と生返事をするが内心穏やかでない。次の信号で止まった時、帰ってから調べようと、ダッシュボードの上に置いているミニ5穴のInfoPadに“とういそくみょう”と書いて仕舞い込んだ。
カーラジオのチャンネルを佐賀に切り替える。
「ところで佐賀の放送局は、NBC長崎放送なんだよね。“SAGA(エス・エー・ジー・エー)佐賀〜♪何故か放送局は長崎〜♪”ってのはどうかな」
「ハハハ、“はなわ”にネタ提供したら」
ラジオでは地元のレポーターが生放送で、車の販売店をレポートしている。
インタビューが始まって間もないのに「それでは最後に・・・。あっー間違いました!」とあわてている。そーら日見子の突っ込みが入るぞ。
「このレポーターはね、最初の打ち合わせどおりを、丸暗記しているのよ。だから人の話をよく聞いていないでしょ。全体の流れを把握しながら進めないからこんなことになるのよ」
いつもながら過激な突っ込みである。
車の左側には、有明海が見えてきた。今にも降り出しそうなどんよりとした空と、その空の色を映した海。モノトーンの景色が広がる。
「つかれたでしょ。少し休んだら」
ちょうどタイミングよく、路肩に設けられた休憩用のスペースが目に入る。
久英は、車を止めて外に出た。水分をたっぷり含んだ重たい空気がまとわりつく。
日見子はさっさとシートを倒して仮眠の態勢である。
海では、干潟で地元の人が潮干狩りをしている。
「せっかくだから、ちょっと写真を撮ってくるよ」
シャッターを切ること30分。霧雨みたいな雨が降り出してカメラを気遣いながら車に戻ってきた。
「この天気で光量不足だけど、まー技術でカバーってとこかな」
「あーら、それほどの技術があるとは思えないけど・・・」といつもながらの憎まれ口である。
「でもね、それをカバーする情熱は認めてあげてもいいわ」とちゃんとフォローも忘れない。
延々と続くワインディングロードをひた走る。
カーラジオからは「奥様っ、村山っ」となんだかすごい放送が流れてきた。
どうも“タカビー”な奥様とその召使の村山といった設定のようである。
奥様の言う「これ、むらやまっ」とエコーのかかった猫なで声が妙に受けて二人で大笑い。
「この“むらやま”っていう名前がいいのよ。これが“あらき”でも“やべ”でもだめなのね。“むらやま”という“まったり”した語感がぴったりだわね」
雨が、降り出してきた。窓の景色は白くかすんでいる。でも心配はいらない。ドライブそのものが楽しいのだから・・・
トークの間になつかしい、パーシーフェイスの「夏の日の恋」がながれてきた。
「この頃の映画音楽は、名曲がいっぱいあったよね。“太陽がいっぱい”“エデンの東”もうこんな名曲は出来ないだろうね」
「ところで、この映画のタイトル知ってる」「“避暑地の出来事”でしょ」
「じゃー、主演は誰だったっけ?」
「えーとね、トニーじゃなかった。たしか“ト”が付いたような気がするのよ。顔は思い出せるのよ。昔の典型的な二枚目の顔なのよね」
「思い出しても言わないでね。自力で思い出すんだから」
日見子は、いつもそうである。思い出せないくせに、ちょっとだけひっかかりが頭に浮かぶらしい。
この間もそうである。
「あー、この女優、名前なんだったかしら。たしか“海”がついていたような気がするのよ」と言ったのが“天海祐希”だった。
大体において久英は、そのヒントで思い出すことが多い。今度も“ト”で思い出した。ちょっと優越感である。

結構な雨になってきた。外がどんなに降っていても車の中はクーラーで快適である。
日見子いわく「この落差が大きければ大きいほど気持ちがいいのよ」「どうせなら、こんな中途半端じゃなくて、バケツをひっくり返したような雨にならないかしらね」
その期待に応えるように、梅雨末期特有のどしゃぶりになってきた。ワイパーを一番早いのに切り替えるが間に合わない。道路は洪水のようになっている。
対向車が水しぶきをあげてすれ違う。フロントウィンドウに“バシャー”と水がかかり思わず身をよける。日見子はというと「きゃー!」といいながらも、なんだか楽しそう。
「あー、ちょっと止めて。たこ焼き屋があるわ。」この雨の中、ものともせず買ってきた。
「一休みしましょ」天気なら景色の良さそうなところに車を止めて、しばしくつろぐ。
「すご〜い、こんな大きいのが12個も入っているわよ」
ラジオからは「元気の出る曲」というテーマで番組が進行している。
ウルフルズの「ガッツだぜ!」が流れてきた。
「この曲、元気な時なら元気になりそうだけど、元気のない時聴いたら、落ち込んしまうんじゃないかしらね」日見子のコメントは健在である。
雨は、小降りになって、視界も良くなってきた。雲仙の山並みを見ながら、広域農道をひた走る。
「ん?えらく静かだな」と思ったら、日見子はすやすやおやすみのようだ。
久英は、持ってきた裕次郎のカセットテープをかけて口ずさむ。昭和40年代のヒット曲を裕次郎が歌っている。“ワン・レイニー・ナイトイン・トウキョウ”“赤坂の夜は更けて”などなど、なつかしい曲ばかりだ。これを聴くと裕次郎って歌がうまかったんだなと改めて思う。
あー!思い出したー!! そう“トロイ・ドナヒュー”よ。ほらねっ、やっぱり“ト”がついたでしょ。あーすっきりした」
ふたたび、日見子、活動開始である。

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