映画「アバウト・シュミット」を見て
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ウォーレン・シュミット66才は、一流保険会社“ウッドメン”で計理士として働き、妻と一人娘を家族に持ち、めでたく定年を迎えた。定年後、妻と楽しもうと大きなキャンピングカーも購入した。退職の翌朝、妻からは“人生の新しい章に乾杯”と祝福され、娘からは「これからは部屋にいることも多いでしょう」と部屋着をプレゼントされる。何の不足もなく、誇りをもって人生を歩いてきた。少なくともその日まではそうであった。しかし、どんな人にも人生の転機は必ず訪れる。あまりにも突然な妻との永遠の別れ、親友と妻との浮気の発覚。気に入らない男との娘の結婚。シュミットを取り巻く環境は激変する。

一生をかけて築き上げたものが砂上の楼閣のごとく崩れ去る。自分の人生は何だったのだろうか。全てを失ったシュミットは、キャンピングカーで旅へでる。自分の人生を振り返り、見つめ直し、自分を取り戻すための旅である。失ってはじめて気付く大切さ。「さりとても、墓に布団は着せられず」と昔からいう。大きな川のそばに車を止め、キャンピングカーの屋上から、星空に向かって「俺はいつも頼りがいのある男じゃなかった。許してくれるかい」と妻に語りかける。そして、大自然の中で目覚める。印象に残るシーンだ。

全てを無くし、深い孤独に陥ったシュミットだが、人間とは本来孤独なものである。映画のなかでも、「自分が死んで、知っている人もみな死んでしまったら何も残らない。」というシーンもでてくる。余りにもさびしい言葉だが事実である。「去るものは日々に以って疎く、来るものは日々に以って親し」。人間なんて、人の記憶によって存在するようなものである。昨日、映画「ローマの休日」や「ナバロンの要塞」で有名なグレゴリー・ペック氏が亡くなったというニュースが流れていた。人間は遅かれ早かれ死ぬ。わずか20〜30年違うだけである。そう大した差ではない。私も「生きた証をこのホームページに残したいと思う」とトップページに書いた。それもサイバー上という“あやふやな場所”に・・・。冷たい真実へのささやかな抵抗である。

人間が一番エネルギーを必要とするのは「孤独」との戦いではなかろうか。それが人間の基本の状態なのかもしれない。この映画を見ると切実にそう思う。「孤独」は不安や絶望につながる。これに耐えるエネルギーを持ち合わせない弱い人間は、何かに寄りかかって生きるしかない。つまり孤独に陥るのを“何かしら”でごまかして生きている。極論すれば、「人生とは孤独からの逃避」と言えなくもない。私は、随筆の「希望ナンバー制」のページでこう書いた。「私のような一小市民の人生などというものは、社会の枠の中における“ささやかな自己満足”の世界だと常々思っている。つまり“マイブーム”の連続性が人生なのである。」と。

最近、妻が気になるCMがあるというので注意して見てみた。フンドーキン醤油のコマーシャルである。本社は大分県の臼杵であるから、全国で流れているコマーシャルかどうかは分からない。その内容は、アフリカの大地に、焚き火を囲んで一家団欒の様子を映している。単調なメロディーにのせて歌が流れる。「少女の頃に恋をした。彼は、私の夫になった。今、私の暮らしは何の問題もない。私は平和に暮らしている。本当の幸せは、すぐ、そばにある。あなたたちのいう「幸せ」が、どんなものかわからないけど、家族そろってごはんを食べられたら、私はとてもうれしい」。

さて、全てをなくして我が家へ帰り着いたシュミットは、どうだったのだろうか。広い家にたった一人っきりになったシュミット。留守の間に届いていた郵便物を開ける。テレビCMをみて、何気なく応募していたチャリティだったが、そのアフリカの恵まれない少年「ンドウグ」から贈り物が届いていた。少年の純粋な気持ちは、孤独と虚無感に陥っていたシュミットの心に深くしみこむ。シュミットの目から涙がこぼれ落ちる。感動のラストシーンは、まさに「あなたたちのいう「幸せ」が、どんなものかわからないけど、本当の幸せは、すぐ、そばにある。」

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STORY
監督:アレクサンダー・ペイン
出演:ジャック・ニコルソン、 キャシー・ベイツ
一流保険会社の部長代理職にあったウォーレン・シュミット66歳は、定年退職の日を迎えた。平凡だが悪くない人生だった。「新しい人生の章に乾杯!」と祝福してくれた妻の突然の死。娘は気にいらない男と結婚。生涯をかけ築き上げてきたものが崩れ去る。孤独に包まれ「自分の人生は何だったんだろうか」と振り返る。全てを失いかけたその時、人生最高の贈り物が届く。
この映画で、最も印象に残るのは、当然主役のジャック・ニコルソンの全編にわたる表情だろう。特に、娘の結婚相手の家で、慣れないウォーターベッドで寝違え、キャシー・ベイツから強烈な薬をもらって飲む。この薬が効きすぎたときのニコルソンの表情は絶品だ。ジャック・ニコルソンといえば、思い出すのが1975年の「カッコーの巣の上で」である。今回はキャシー・ベイツとのからみも注目のシーンだったが、「カッコーの巣の上で」では、精神病院で絶対権限を持って君臨する、婦長ルイーズ・フレッチャーとの対決だった。いずれもニコルソンの演技は最高である。