100,077km
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file-No. 030720

昨日、唐津の「久里双水古墳」で写真を撮って帰ったら、車の走行キロ数が10万キロを超えていた。“100,077”kmという何だかビジュアル的によい数字が並んでいた。でもどうせなら“100,000”とか、“99,999”だったら更によかったが残念なことをした。この車は、初年度から7年半経過しているから、月平均約1100kmを走ったことになる。よく走ったものだ。車の手入れはほとんどしてないが、一応オイルやオイルエレメント、エアークリーナー、タイヤなど常識的なメンテはしている。少々キズはあるものの健在である。私は通勤には使わないので、純粋に買い物やドライブで使った結果である。なんだか化石燃料を消費して、地球温暖化を助長したようで後ろめたい。

私が、初めて車を買ってから、もう30年になる。それまで自動二輪に乗っていたが、最初の車は軽の中古車だった。今でも忘れないが、遠くからでも私の車と分かるような“ポン・ポン・ポン”という大きな排気音とともに、“もくもく”と煙を吐きながら走る2サイクルエンジンの車だった。それでも自動車に変わりは無い。二輪車に比べれば、雨の日などはありがたかった。以後30年で6台を乗り継いできた。平均すると5年に一回、買い換えたことになる。いろいろ乗り継いできたが、結局今はオーソドックスな3ボックス4ドアセダンに落ち着いた。やはり年齢もそれ相当になってきたので、ごく普通の車が一番ということだろう。

車と言えば、私が一番最初に興味をもった車は、「日野コンテッサ」である。私がまだ高校のころだった。「リアエンジン」という独特のメカニズムからくるデザインが斬新で、駐車してあると飽きずに見ていたものだ。今でも、一部マニアは大事に乗っていると聞く。以来「サニー」のネーミング募集、カブトムシスタイルのスバル360、フェアレディZ、常勝スカイライン2000GTRなど車の歴史をずっと見てきた。私の自家用車もその時代に合わせ、軽自動車の“360cc”から始まって、“軽の500cc”普通車の“ハッチバック”“ハードトップ”“サンルーフ”とさまざまな車に乗ってきた。車社会の発展とともに、その恩恵を享受してきた私は、ある意味幸せだったかもしれない。

次の車検まで乗るとすれば、あと2万キロは乗ることになる。走行12万キロ、初年度からほぼ10年近くになるが心配ない。近年、エンジンの耐久性はもちろん、部品や塗装にいたるまで、そのレベルはかなり高くなってきている。エンジンも、ごく普通のメンテナンスで、15万キロくらいは大丈夫らしい。1995年の「道路運送車両法」改正の内容も、「車の品質も向上したことだし、自分を守ることと、人に迷惑をかけない程度の管理は、それぞれが責任もってやりなさい」という緩和されたものだった。自動車自体まだまだ大丈夫と思うが、2年後は丁度定年退職の時期になる。買い換えるなら、その頃が目途と思っている。今、街を走る車を見ると、2ボックスのコロコロしたような車が主流になっているが、私としてはあまり好みではない。その頃にはぜひ、シャープなデザインの3ボックスセダン車が発売されていてほしいものだ。

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追伸走行キロ数が11万1千110キロを超えました。

[2004年5月]

長距離を走って帰り着いたら、「 111118 」になっていた。よく走ったものだ。長く乗れば、乗ったでこんな楽しみもでてくる。十万キロを超えた昨年7月から約10ヶ月経つ。高速を走るのに先日“ブレーキパッド”を変えたが、車自体故障もなく取り立てて問題もない。


[2005年2月]

        やったね! 12万キロ!