小説「推定脅威」 随筆のページへ

トップページへ

File No.160918

この小説は、新聞の書評欄に「航空機設計の経験者でもある長崎県出身の著者が描く松本清張賞受賞の長編ミステリー」と書いてあった。「推定脅威」というタイトルからだけでも興味を引かれる。帯には松本清張賞を「選考会満場一致」で受賞したとある。こういう情報からも期待をもって読んだ小説である。そしてそれは期待に違わぬ実に面白い内容で一気に読みあげた。おそらくこの小説が書かれたのは、2010年代初め頃、F-Xの選定が騒がれていたころと思われる。丁度、F-4が退役時期にあり、F-2は生産打ち切り、防衛省が欲しくてたまらなかったF-22も生産中止で日本への輸出も禁止になっていた。その時F-Xの候補に挙がっていたのが「F-35」「F/A-18E/F」「Typhoon」だった。結局、F-35に決まったのだが、この生産が遅れに遅れ、F-4は延命でいつまで飛べるのかという状況だった。この小説の時代背景も、F-22がだめになり、F-35の開発が遅れ、主力戦闘機F-15の後を継ぐ要撃戦闘機F-Xの導入が大幅に遅れているという設定である。そこで登場するのが物語の主役TF-1である。

国籍不明の小型双発プロペラ機が防空識別圏に侵入した。航空自衛隊小松基地から戦闘機TF-1で蒲原一尉がスクランブル発進する。蒲原一尉は、TF-1開発時のテストパイロットだったこともあり、技量は一流だった。ところが、領空侵犯機を追跡するうちに、失速、高度を失い機は蒲原一尉とともに海面に激突する。TF-1開発の主契約者・四星工業に機体システムの再検証が求められた。TF-1技術管理室の沢本由佳もその作業に入る。事故機TF-1は、主力戦闘機F-15の後を継ぐはずのF-35の開発が遅れ、それまでのつなぎとして開発された航空機である。そのため低予算でかつ迅速な開発が求められた。12月の蒲原機の事故から半年後、またもTF-1機による事故が発生する。スクランブル要請がかかり、波江一尉が飛び立つ。ところが侵入機を目の前にして、燃料が少なくなったという警告灯が点灯する。エンジン始動を試みるが点火せず機は墜落。波江一尉は、かろうじて脱出し救助された。才気煥発な沢本由佳は、二機目の事故を調査する内、事故の経緯に何か腑に落ちないものを感じる。
F-15


X−2
今年4月、防衛省との契約により三菱重工をはじめ日本の高度な技術を持つ企業によって製造された実験機「X−2」が初飛行を成功させた。X−2は、ステルス性能を持ち、将来戦闘機のための先進技術実証用の小型実験機である。これは2009年から防衛庁防衛技術研究所の主導によって研究が進められ、今年ようやくその成果が公開された。TF-1はハイテク新鋭機ではあるが、機体規模を小さくし、運用コストを大幅に削減した機である。小説が書かれていたころが2010年代初めであれば、当然こういった現実の開発が背景にあったのではなかろうか。しかも小説の「TF構想」は、防衛予算が大幅削減される一方、東アジア諸国の軍事活動の活発化で、スクランブルが増え続けているという状況から生まれたとしている。従ってTF-1は、「T」の練習機を主眼において、「F」の戦闘機にも使える機として開発されている。何やらあの事業仕訳などという学芸会のような猿芝居をして、結果、何ひとつ出来なかった民主党政権時代の悪夢がよみがえる。こういったいろいろなことが、現実の世界と結びつき、この小説をさらに面白くさせている。

12月に起きた最初の墜落事故は、超低速、低高度で起きた。侵入機は、高度1000フィート付近まで降下、速度はすでに120ノット近くまで落ち、なおじりじり減速。蒲原はTF-1の飛行特性を熟知しており、飛行制限を下回っても侵入機の随伴ができる技量を持っていた。ところが侵入機は、突然TF-1の進路をふさぐように横滑りしてきた。機の態勢を立て直すには、余りにも低空だった。そして半年後の6月、二機目の事故が起きた。スクランブル発進時、リーダー機の右エンジンが始動せず飛行中止。波江機は、4分間のロスを取り返すべく、アフターバーナー最大出力で侵入機を追う。侵入機は、波江機を弄(もてあそ)ぶかのように左へ急旋回。TF-1はアフターバーナーを再点火。超音速で侵入機との距離を詰める。実はTF-1には開発時の飛行試験で指摘された問題点があった。それはアフターバーナーを連続使用すると、翼やドロップタンクには燃料が十分残っているのに胴体には燃料がないという状況を生じる可能性だった。この二件の事故は、TF-1に関する技術面に極めて詳しい人物で、かつ搭乗者の情報も踏まえて仕掛けてきたと思われる。倉崎は言う。「去年12月が超低速、6月が超音速、今度は遷音速を狙ってるんじゃないか」「遷音速で起こりそうなカタストロフィーといえばフラッターくらいです」。
F-2

随筆のページへ トップページへ

『推定脅威』(文春文庫)

著者:未須本有生
発行:(株)文芸春秋
発売:2016年6月
(単行本:2014年6月刊)

国産航空サスペンスの最高峰
選考会満場一致で「松本清張賞」受賞