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File No.160630

突然、左側頭部だけストーブ当たったような妙な熱を感じた。歩くと微妙にふらつく。左足のひざから下が、布を一枚かぶせたかのように、感覚が鈍くなっている。症状は微妙だった。翌朝、症状に変わりはなかったが、やはり病院で検査した方がいいだろうと、近くの脳外科に歩いて行った。MRIで検査したところ、脳出血が見られるという。そこから大騒ぎである。病院が救急車の手配をし、妻をタクシーで呼び寄せる。取るものも取り敢えず、10キロほど離れた大病院に緊急搬送となった。
救急車って、揺れたり、ガタガタしたり、意外に乗り心地が悪い。外からは、けたたましいサイレンの音や「右に曲がります」というアナウンスが聞こえてくる。ストレッチャーに固定され、隊員の方が、「はい、目をつぶって手を挙げて」「はい、目を見ます」などとひっきりなしに検査をする。そうこうするうちに大病院に到着。診断の結果、幸い、ほんの15ミリ程度の出血で、それ以上広がる気配は認められなかった。とはいえ、一時的に小康状態を保っている可能性もある。とりあえずは慎重な対応となり、SCUの部屋で経過観察となった。
最初の二日間は、「90°」と書いてある。これは、ベッドの上で、体を90度までしか起こせないということなのだ。そこで困るのが自然現象である。小さい方は尿器なるものが置いてある。ところがカーテン一枚隔てただけのベッドである。「秋元さ〜ん」と、突然、美人の看護師さんが入ってこないともかぎらない。来ないことを祈りつつ、用を足す訳だが、それは実にスリルとサスペンスに満ちていた。数日後、自分でトイレに行けるようになったときの、仁王立ちで用を足す、この爽快感は、健康な人には分かるまい。
これまで私の「病院食」のイメージは、“味気ない”とか“まずい”とか、マイナス・イメージだった。食べることぐらいしか楽しみがないベッド上の生活において、これはかなり重要なポイントである。ところが、この病院の食事は“うまい”。塩分6gで、漬物は付いていなかったが、うまいので毎回完食だった。パイナップルなどのデザートも付いて、このクウォリティの高さで、一食360円は安い。食事の時間が待ち遠しというのは、実に幸せなことだ。
さて一般病室で、日がな一日どう過ごすか。まずはテレビである。一枚千円のテレビカードで、25時間見ることができる。一見、安いような印象を受けるが、これがひと月に換算すると、とんでもない額になる。金額がいくらであれ、だらだら見る訳にはいかない。要はカネを払って見る番組かどうかで判断することになる。そういう意識で番組表を見ると、意外に見る番組は少ないが、これは見てもいいかというのが一日2時間くらいはある。しかし、フジの「プライムニュース」をみようとすると、BSが映らない。日テレの「深層ニュース」をみようと思えば、10時で消灯である。
そんな中、見た番組のひとつが「UTAGE」である。昭和の名曲を秘蔵VTRなども交え、聴かせてくれた。特筆すべきは前川清さんの「勝手にしやがれ」である。歌唱力では抜群のはずが、あのおぼつかない踊りで、歌うこともままならない前川清さんに笑いが止まらない。バックダンサーを務めた、HKTのサッシーも、テンポの遅れる前川さんにひきずられてメタメタになり、それがまた余計におかしさを増すことになった。更にこの場を仕切るSMAP中居くんが、前川さんのキャラクターを見事に引き出し、おかしさを何倍にも増幅させる。まあ、中居くんのこのジャンルでの司会力は、日本で右に出るものはいないだろう。脳の血管が切れるんじゃないかと心配なくらい笑った。
イギリスは、今、大“後悔”時代を迎えている。国民投票の結果、「EU離脱」となった。ところが、フタを開けたところ、全世界が動揺し株価は暴落、イギリスの銀行の格付けの引き下げなどの可能性も指摘されている。さらに米国はEUとの関係を憂い、ロシアはニンマリ。これで中国とイギリスが接近するとなれば、日本もうかうかできない。イギリスの離脱派は、こんなに混乱するとは夢にも思わなかったようで深く後悔し、存続に投票した人は、怒り狂っている。そもそも、いいことばかりを並べ立て、甘い言葉で離脱を煽(あお)った政治家どもこそA級戦犯である。だが、そんなバカ政治家どもは、知らぬふりをする。その結果の責任を取らされるのはつねに国民である。
入院生活は、こういったニュースを新聞でじっくり読むのに、あり余る時間がある。赤ペンを持って、読売新聞を隅から隅まで読み尽くす。その後、マーカーしたところを、ノートにまとめる。これが毎日の日課になった。イギリスの惨状をみて思う事は、日本の左翼のバカどものことだ。憲法を改正すると、日本がすぐにでも戦争をする国になるとあおりたて、何はなくとも憲法9条さえあれば平和であると国民に刷り込む。そんなバカな話があるものか。憲法改正は、国民の権利である。それをさせないのは政治家の怠慢だ。イギリスの政治家と、日本のバカな左翼は、きちんと判断できる材料を国民に示さないところがそっくりである。
売店に新聞を買いに行った時、文庫本が置いてあるのに気付いた。ざっと見た中で「大絵画展」というタイトルが目に入った。手に取ってみると著者は望月諒子、第14回の日本ミステリー文学賞受賞作で、"ゴッホの名画の数奇な運命を描いた美術ミステリー"と書いてある。読んでいくと絵画取引の内幕がわかって、実におもしろい。たとえば『価値と値段はリンクする。でもその値段とは、なんの価値なのか。・・・・日野のような画商は、値の付く画家の絵を購入する時、その絵を扱っている画商と取引のあるだれかに依頼するしかない。そのだれかにたどり着くのにまただれかを介する。仲介にはそれぞれ20%の手数料を払う。二人介すれば価格は44%上昇する。日野自身の儲けを載せると70%以上価格が上がる』。
四人部屋に居ると、他の患者さんの様子がいやでもわかってくる。その中のひとりの患者さんは、腎臓がかなり悪化している様子だった。昨日は水1リットルを抜いたが、あと3キロくらい貯まっているという。しかもこのあと3時間かけて輸血の予定である。看護師さんからは「この病気は治りません」とはっきり宣告された。だれもいなくなった後、突然、心の底から絞り出すような、かすれた低い声で歌が聞こえた。「歌を忘れたカナリアは〜 後の山に捨てましょか〜・・・」。命と真正面化から向き合い、魂の叫びとも感じられるそのかすかな歌声が心に突き刺さった。
病室の窓から、小学校が見える。鉄筋の立派な校舎、広い立派な体育館、25mのプールが見える。プールの授業のときは、元気な、けたたましい声が響き渡る。校舎の方は一番近い教室が、音楽室のようだ。「ただ一面に立ち込めた〜 牧場の朝の霧の海〜・・・」。子供たちによる「牧場の朝」の合唱が聞こえてくる。そのあと続いて、この曲の笛による合奏である。今もこの唱歌が歌われている。わたしは懐かしさで一気に60年前にタイムスリップした。心をフラットにしてくれる唱歌は、日本の心として、大事に受け継いでいってほしいものだ。
「こんにちは〜、今日担当します○○です」。看護師さんが日によって、次から次に代わる。日勤、夜勤、休日とローテーションが組まれており、その日勤務の看護師さんにそれぞれの患者が割り当てられる。しかし、前の看護師さんと、見事に話しが繋がっている。どうもパソコンで、ホストコンピュータのデータを共有しているようだ。セキュリティは、IDカードをパソコンに読み取らせ、パスワードを入力しないと開けないようになっている。しかし、大丈夫とは思うが、所詮人間のやることである。万一、患者の名前を勘違いして入力ミスがあった時は、どこでどうチェック機能が働くのだろうか。
症状が良くなると、リハビリをすることになる。その一環として、脳トレのテストを受けた。検査の内容は、難しいものではない。「旗 ボール 桜 これをいくつかテストをした後、聞きますから覚えておいてください」「100から7を引いていってください」「この図形と同じ図形を描いてください」など10数項目が試される。結果、ひとつだけ×があった。Q「今の季節は何ですか」A「梅雨です」Q「春夏秋冬で答えて下さい」A「梅雨が明けたら、夏本番というから、春なのかなあ」Q「違います。気象庁の規定では夏です」。テストが終わって帰る途中「そんな気象庁の決まりなんか知らねえよ」とぶつくさ言いながら帰った。しかしよくよく考えてみると、梅雨が終わったら夏“本番”ということは、梅雨の時期は、本番ではない夏ということになる。つまり初夏。しょーか、しょーか。
さて、今後のことであるが、毎日の日課として次のことが課せられた。朝食後に一錠ずつ、降圧剤を呑むこと。朝起きぬけと就寝前に血圧を測ること。あと、負担のかからない簡単な運動の指導も受けた。一番大事なのは食事である。これも、毎日血圧の推移を記録することで、自ずと自覚が出るはずだ。要はすべてを根気よく、長続きさせることがポイントである。しかし、わずか半年前にMRIで検査した時は、医師が「脳の血管が、細かいところまできれいですね」と感心していたのにどうしたことか。まあ、年齢からして何があってもおかしくはない。

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マインスイーパ