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File No.150317
この映画は天才物理学者ホーキング博士の最初の妻ジェーン・ホーキングが書いた回顧録を映画化したものである。ALSを発症したホーキングは、余命2年を告げられるが、これを知ったジェーンは、あえて結婚を望みホーキングを支え、共に歩く人生を選ぶ。しかし人生、山あり谷あり。お互いの苦悩、葛藤が描かれるが、そこには常に相手を思いやるやさしさがあった。すばらしいヒューマンドラマである。あの偉大な博士にして、こんなにもはつらつとした青春があった。私としては、それが分かっただけでも十分価値のある映画だった。第87回アカデミー賞では、作品賞など5部門にノミネートされ、主演のエディ・レッドメインは、見事"主演男優賞"に輝いた。世界的な名声を得ていく一方で、ALSが進行していく過程のリアルな演技は受賞に値するものだった。受賞式のスピーチは、ALSと戦っている世界中の人へのメッセージと、感謝の気持ちを伝える感動的なものだったという。

1963年イギリス。ケンブリッジ大学大学院で理論物理学を専攻するスティーヴン・ホーキング(エディ・レッドメイン)は、同じ大学に通う魅力的な女性ジェーン(フェリシティ・ジョーンズ)と出会う。デートを重ね、ダンスパーティの夜、キスを交わした二人。「宇宙をたったひとつの方程式で説明する。必ず見つける」「方程式が見つかるよう祈るわ」。しかしその頃、スティーヴンに病魔が忍び寄っていた。次第に重くなる症状。医師の診断結果は、病名ALS、余命2年という過酷な宣告だった。「余命2年、研究したい。たとえ長い間でなくても構わない」。ジェーンは、スティーヴンの人生に寄り添い生きていくことを決意する。結婚し子供が誕生、ジェーンの献身的な支えもあり、スティーヴンは博士号を取得する。しかし車椅子が必要なほど病状は進行していた。それでも「ホーキング放射」理論の提唱などで、有名になっていく。一方ジェーンは、精神的にも肉体的にも、もはや一人では支えきれなくなっていた。

教授から研究テーマを聞かれたスティーヴン。「研究テーマは"TIME(時間)"です」。「僕が時間を巻き戻す」。ホーキング博士によれば、宇宙論において私たちは、宇宙の歴史をボトムアップ的に追うべきではない。歴史をトップダウン的に現在から過去へと遡らなければならない。現在の宇宙の状態について、異なる可能性が存在する分だけ、異なる歴史が存在するはずだという。おそらくこうした理論によるものと思うが、映画のエンディングでは、現在から過去のシーンへ、スティーヴンの人生が、走馬灯のように遡っていく。さて宇宙の時間を十分に過去に遡り、初期の宇宙に辿りつくと、そこはもはや時間が存在せず、宇宙誕生より前の瞬間には行くことができない。特異点が無い宇宙創生理論、つまり無境界仮説という理論をホーキング博士は提唱している。宇宙は時間が無い特別な瞬間に、量子的に生まれた多くの宇宙が、多くの異なった物理法則に従って存在するのである。

博士論文で「非常に優秀だ。よくやった」と評価されたスティーヴン。「次の目標は証明。たったひとつのシンプルでエレガントな方程式で証明する」。ホーキング博士いわく『物理学者として、人間の"心"は、宇宙が生んだ最高の産物だと考えている。我々は脳の中に「宇宙」をもっている。その膨大な脳の細胞は、宇宙全体の銀河に匹敵する巨大なネットワークを構成し、我々の"心"は宇宙を支配する力"電磁気力の理論"に支配されている』。つまり我々は宇宙を支配している力・電磁気力によってつくりだされた"心"によって、宇宙を解明しようとしている。納得! この映画を観ながら、ふっと思った。ホーキング博士は、テーマを決定し、研究に入ろうとした時、病気が発症し蝕まれていく。生きていくにはあまりにも過酷な「負」の要因である。その一方で、すばらしい研究で、世界の名声を得る「正」の人生を得ている。宇宙の総エネルギーが"ゼロ"でバランスするように、ホーキング博士の人生もまた"ゼロ"でバランスしているように思える。


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『博士と彼女のセオリー』

2014年/イギリス作品/124分
2015年3月13日公開
原作:ジェーン・ホーキング
監督:ジェームズ・マーシュ
出演:エディ・レッドメイン、フェリシティ・ジョーンズ他

天才物理学者ホーキングとジェーン
余命宣告を知りながら、未来へと歩き出した二人