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今、アルティアム(天神・イムズ)で『藤森照信建築と「鸛庵(こうのとりあん)」展』が開催されている。藤森照信氏は、これまで意表を突く発想で、ユニークな建築物を創り出してきた。だが発想はユニークでも、その建築に用いる素材は、木材や土やわらといった自然素材を使うことに固執する。それは建築史家らしく、縄文時代から続く日本の家屋の歴史が根底にあるからである。最新作「鸛庵」は、オーストリアのライディングという小さな村で進められている「Raiding Project」の規定による建築物である。このプロジェクトに参加している日本人の著名な建築家10人のうち、具体化した最初の作品だという。展覧会場に展示されている「鸛庵」の模型を見ると、鸛の巣は、「一本松ハウス」(福岡)をイメージさせ、庵はどことなく「神長官守矢史料館」を想起させる。完成した作品のたたずまいは、まぎれもなく藤森建築だった。
「Raiding Project」の規定は、次のようになっている。『ライディングに、34uの敷地に2階以下の建築を建てること。その中に、バスルーム、寝室、オフィス、キッチンが備わった完璧な居住空間を納めること』。一見難しそうな課題だが、これこそまさに藤森建築そのもののようにも思える。この狭い空間に、ぜい肉をそぎ落としたシンプルな居住空間を創りだすのである。展覧会では、完成にいたるプロセスを、ビデオで紹介していた。建築素材はもちろん木材で、藤森氏自身が、森から木を切り出すところから始めていた。屋根の上に突き出した鸛の巣は、飾りではなく、本当に夏にアフリカから飛んでくるコウノトリが住む。藤森建築において、動物との共生は初めてだという。完成した作品はこう表現されていた。『まさに「鸛庵」は人間と自然のバランスの取れた共存のシンボル』。
藤森氏の作品に「メゾン四畳半」というのがある。「四畳半」という広さ(狭さ)は、日本の住宅の最小単位だという。日本の茶室の広さは「四畳半」を基本とし、この狭い空間が、精神的な奥深さを作り出す。藤森氏は以前こう言っている。「あの狭い空間が気持ちいい。狭いのに空間として豊かに充実し、一個の建築として完成している」。私が「Raiding Project」の課題が、"まさに藤森建築そのもののように思える"といったのは、そんなところからである。いろんなものを削って、削って、人間が生活するための最小限の環境は、脳を解放し、かえって活性化させる。日本の茶室に通じるものを感じた「鸛庵」は、そのシンプルさ故に世界に共通した普遍性を持つのではないか。「鸛庵」はこう紹介されている。『ライディングを訪れる創作に没頭した音楽家や芸術家、作家はもちろん建築ファンや観光客まで心を和ませてくれる宿泊空間として、たおやかな時間を過ごしていただけることでしょう』。
「鸛庵」は『芸術作品でありながら実際に宿泊できる建物』と書かれている。ここでいう芸術とは「デザイン」と考えていいかもしれない。必要性が合理的なデザインを生む。デザインは生活と融合して初めて意味のあるものになる。デザインの基本は、すなわち“精神的な豊かさ”である。「鸛庵」の場合は“飾らないことの美しさ、心地よさ”といえる。森から木を切り出し、それが柱となり、家具となる。鳥と人間が生活する空間が周囲の景色に溶け込む。それこそ自然の豊かな日本の建築の基本だと言える。藤森建築に見る日本人の感性が、人間の持つ普遍的な潜在意識を刺激することだろう。




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藤森照信氏のサイン色紙

この藤森氏のサイン色紙は、佐賀県唐津市の旧唐津銀行に展示されている。旧唐津銀行は、唐津市出身の建築家・辰野金吾が設計監修した建物で、現在は市の文化財に指定され、資料が展示されている。