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File No.130725
私は、スタジオジブリの作品を初めて観た。今回の作品はこれまでのアニメと違って、初めて実在の人物がモデルになっている。その人物は旧日本軍の主力戦闘機であった「ゼロ戦」を設計した堀越二郎氏である。ただそこはジブリ作品らしく、戦争を描いたものではなく、技術者としてまっすぐに生きる姿と、美しい女性・菜穂子との恋を、ファンタジックに描いている。菜穂子は、堀辰雄の「菜穂子」からのようだが、内容は「風立ちぬ」の美しい少女"節子"とオーバーラップする。子供の頃からの夢だった「美しい飛行機」をつくることに心血を注ぐ二郎。残り少ない命を一生懸命に燃やし続けようとする菜穂子。二人がささやかな結婚式を挙げる。このとき、黒川夫人に付き添われ、現れた菜穂子がハッとするほど美しかった。
三菱内燃機KKに入った堀越二郎。「若き英才が、わがはやぶさ班に来た。設計で大切なのはセンスだ。技術はその後についてくる」。堀越二郎の技術者としての魂は、次の一言につまっている。「僕は美しい飛行機をつくりたいと思っています」。技術者とはそういうものである。昭和30年代初頭、狭軌鉄道で当時の世界最高速度を出した「小田急SE車」をつくったのも、当時異例だった国鉄と私鉄の垣根を超えた開発だった。それは、お互いがいい車両をつくりたいという技術者の魂が結びついたものだった。軽量化を追及したSE車には、航空機のモノコック構造が初めて使われた。二郎が「工夫すればもうちょっと軽くできそうなんだ」と、枕頭鋲を5匁減らすのに一生懸命になるシーンに、そんなことが思い出された。
二郎は、列車の中で初めて菜穂子と出会うのだが、ちょうどここで関東大震災に襲われる。菜穂子の身の回りのお世話をしているお絹が骨折し、二郎が背負って上野公園まで避難する。私はこのシーンのお絹に、そっくり母の姿を重ねていた。母は15歳でひとり東京に出て、軍部の高官の家に住み込み、肺結核だったお嬢さまを献身的にお世話した。それが認められ、気にいられて、女学校にも行かせてもらった。母から関東大震災の話もよく聞いた。その後のお絹が、幸せな家庭のようだったので、なぜか安心した。父と母の生きた時代、それはまさに堀越二郎と堀辰雄が生きた時代である。映画はその時代の空気感を丁寧に描いている。私は、当時の"におい"を少しでも理解できる最後の世代かもしれない。
列車のデッキに座る二郎の帽子が風に飛ばされる。それを偶然、菜穂子がキャッチしたのが二人の出会いである。10年後の軽井沢。草原で絵を描いている菜穂子の、白いパラソルが風に飛ばされる。偶然そこを通りがかった二郎が、そのパラソルを取って菜穂子に返す。二郎の紙飛行機が、風に乗って空を舞い、菜穂子がキャッチする。二人の間には、常に一陣の風が立ち、二人を引きあわせ、愛を育んできた。「生きているって素敵ですね」。「僕らは一日一日をとても大切に生きているんだよ」。そんな菜穂子が、美しい姿を残したまま、秘かに旅立つ。「あなた、生きて!」。「菜穂子が逝ってしまった。美しい風のような人だ」。死を見つめてきた二人は、死を超えた永遠の愛を手に入れたといえる。


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宮崎駿監督作品
「風立ちぬ」

原作・脚本・監督: 宮崎駿
声の出演: 庵野秀明、瀧本美織ほか
主題歌: 「ひこうき雲」
作詞・作曲・歌:荒井由実
上映時間: 126分
公開日: 2013年7月20日