映画「フライト」を観て 映画のページへ

随筆のページへ

トップページへ

File No.130312
今年のアカデミー賞に「フライト」は、「主演男優賞」と「脚本賞」の二部門にノミネートされた。残念ながら受賞はできなかったが、映画を観てこの二部門のノミネートに納得した。デンゼル・ワシントンの存在感と演技力、人間の本質を追及した脚本によって、138分という時間を感じさせない。映画の冒頭はアドレナリン全開の"パニック"、中盤では次第に真実が解き明かされていく"サスペンス"、終盤では人間のあるべき姿を掘り下げる"ヒューマンドラマ"という展開になっている。その中で描く「善」と「悪」は、登場人物ではない。人間なら誰もが持ちあわせている、心の中の「光」と「影」である。
サウスジェット航空のベテランパイロットのウィップ・ウィトカー(デンゼル・ワシントン)は、朝の目覚めが、どうもシャキッとしない。「頭がフラフラしている。食わずに飲んだ」。そんなウィップには9時にアトランタ行きのフライトが待っている。雨が降りしきる悪条件の中、機は飛び立つ。激しい乱気流に巻き込まれるが、見事に切り抜ける。ところがホッとする間もなく、機体は制御不能に陥る。だが、ここでもウィップは、あくまでも冷静に背面飛行という手段で市街地を通り抜け、草原へ不時着する。普通のパイロットなら大惨事のところ、96人が生存した。マスコミや世間は、英雄として騒いでいる。しかし、調査委員会は彼の血液中にアルコールを検出する。
映画での事故機は、高度3万フィートで昇降舵が動かず制御不能になる。機体は急降下していく。車輪、エアブレーキ、燃料放出と次々に手を打っていくが急降下は止まらない。このままだと、市街地のど真ん中に墜落し、乗員、乗客はもとより、一般市民を巻き込んでの大惨事になる。ここでウィップがとったのが"背面飛行"である。この行動について運輸安全委員会が質問すると「本能です」と答えている。不時着時、機の左エンジン停止、右エンジンもパワー喪失、機体は滑空状態だった。ここで思い出すのが「ハドソン川の奇跡」である。USエアウェイズ機は、離陸直後にバードストライクによって、両エンジンが停止する。そこで機長がとったのが、ハドソン川への不時着だった。この時の機長同様、ウィップも英雄となるはずだった。
人間の本質は"弱い"ものである。人間は、そのあやうい基盤の上に形成されている。そんな人間だから何事にも、安易な方へ、安易な方へと流されていく。だが、それに立ち向かい、闘い、克服していくのもまた人間である。ウィップは、身の潔白を証明する最後のウソに、心が揺れ動き、葛藤する。そのウソは身の潔白の証明と同時に、航空会社を守るための社会的責任からのウソでもある。その反対側には、ヒトとして自分自身の心に正直でありたいという正義感がある。ウソをつけば“英雄”、正義を貫けば“終身刑”という究極の選択である。それまでもそうしてきたように、ウソにウソを重ね、心に重い闇を抱えて、物理的な自由を手に入れるのか。あるいは、閉ざした心を解き放ち、人間の本来あるべき姿で、精神的な自由を手に入れて生きるのか。映画では、そういう人間の本質に迫っている。



映画のページへ 随筆のページへ トップページへ

映画「フライト」
2012年アメリカ/2013/03公開/上映時間2時間18分

監督:ロバート・ゼメキス
出演:デンゼル・ワシントン

福岡空港で撮影した「JAL MD−81 」

JA8496(2005/03撮影)

JA8554(2006/05撮影)

JA8497(2006/08・YS-11と)
映画でウィップが操縦した機材は、「MD−80」シリーズに似ている。機体後部に付けられたエンジンと、T字型の尾翼が特徴である。私が昔、宮崎に出張したときに乗ったのが、このMD−81だった。この機種はJALが、旧JASと合併時に引き継いだもので、現在はすでに退役している。
2004/02撮影(JAS塗装機)