映画「レ・ミゼラブル」を観て 随筆のページへ

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File No.130105

ファンテーヌ
「レ・ミゼラブル」は、ヴィクトル・ユーゴーが1862年に著した文学作品である。これをミュージカル化した舞台は、ロンドンで1985年初演以来、27年間ロングランを続けているという。映画は舞台の映画化で、全編が出演者たちの歌で構成され、物語が進んでいく。その歌だがミュージカル映画では普通、別に録音したものを後で合わせていく。ところが、この映画では製作陣のこだわりで、すべて現場で同時録音されたという。そうすることで演じる役者の心の動きがリアルに表現され、観客はより登場人物に感情を移入し、引き込まれていく。出演者には、本物の歌唱力と演技力が要求される訳だが、それこそが歌で観客を魅了するミュージカルの本来あるべき姿なのかもしれない。
そもそもこの映画を観にいこうと思ったのは、2009年のアカデミー賞授賞式で、司会のアン・ハサウェイが「私はひとりぼっち。ヒュー・ジャックマンのやつが・・・・」と、ミュージカル風に堂々たる歌唱力を披露していたからである。彼女の演じるファンテーヌは、預けている娘コゼットへの仕送りのために、髪を売り、歯を売り、娼婦に身を堕し、心も体もボロボロになりながら死んでいく。この悲劇的な役を見事に演じきっている。中でも「夢やぶれて」を歌うシーンは、実に切なく、彼女の歌唱力が光っている。「昔は恋にときめいて、どこで歯車が狂ったの。夢やぶれて二度と帰らない」。彼女の母親もまた昔、舞台でファンテーヌ役を演じたという。彼女にとって、今回この役を演じたのは必然だったと言える。
バルジャンとコゼット

蜂起した学生たち
描かれている時代は19世紀前半である。ジャン・バルジャン(ヒュー・ジャックマン)が、マドレーヌと名前を変えて、工場を経営し成功する。それは丁度、ヨーロッパに産業革命の波が押し寄せていた時代を象徴している。しかし、社会はいまだ近代化への過渡期にあり、描かれている"レ・ミゼラブル"(「悲惨な人々」という意味)は、当時の底辺で生きる人たち実態である。仕事も無いジャン・バルジャンは、子供のため、わずかひとつのパンを盗んだ罪で5年の刑を言い渡される。ファンテーヌは、娼婦まで身を堕してもなお、コゼットのために必死で生きようとする。蜂起した学生たちは「戦いの目的は、生きる権利か、オペラの鑑賞か」と叫び、圧倒的な武力の差を認識しながらも権力へ立ち向かう。
ジャン・バルジャンは、過酷な運命に翻弄されながらも、懸命に今を生きようとする。それを支えているのは"愛"である。ジャン・バルジャンは、司教の深い愛に触れる。「俺を人として扱った。自由をくれた。俺は生まれ変わるのだ」。他人がバルジャンと間違って逮捕される。市長の座を守るか、名乗り出て破滅への道を選ぶか。結局名乗り出て、また追われる身になる。そんなところに、司教からの愛が見える。ファンテーヌから愛するコゼットを託され、「娘さんは私が守る」と約束する。しかしコゼットは、バルジャンにとって、単にファンテーヌとの約束だけではない。初めて心から愛情を注ぐ喜びを知り、それが生きる力となったのである。150年の時を超えてなお、人々に支持される理由は、根底を人間として変わらぬ愛や勇気が貫いているからだろう。
コゼットとマリウス



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映画「レ・ミゼラブル」
2012年/イギリス/上映時間2時間38分

監督:トム・フーバー
出演:ヒュー・ジャックマン、アン・ハサウェイ、ラッセル・クロウ

2013・02・27 アン・ハサウェイが助演女優賞
2月24日、第85回米アカデミー賞の発表・授賞式が行われ、「レ・ミゼラブル」のアン・ハサウェイが助演女優賞を受賞した。作品賞に輝いたのは「アルゴ」だった。この映画は、1979年にイランで起きた米大使館人質救出作戦を描いた映画で、実話をもとにしたものである。

2013・01・11 第85回アカデミー賞・ノミネート発表
「レ・ミゼラブル」が8部門でノミネートされた。

作品賞主演男優賞(ヒュー・ジャックマン)、助演女優賞(アン・ハサウェイ)、歌曲賞(「Suddenly」)、美術賞衣装デザイン賞メイクアップ&ヘアスタイリング賞録音賞

尚、歌曲賞にノミネートされた「Suddenly」は、バルジャンがテナルディエからコゼットを引き取り、パリに向かう馬車の中で歌う。


映画「ジェイン・オースティン」より
これはアン・ハサウェイ主演の2007年の映画である。時代は18世紀末頃のイギリス。この中で判決を言い渡すシーンが「レ・ミゼラブル」に通じるものがある。

「豚を一匹盗むのも凶悪な犯罪である。二匹となると私有財産そのものに対する重大な侵害にあたる。お前たちのような下層民は、社会の悪の元凶である。悪の元凶は断たねばならない。終身の流刑に処す」

「法の目的は一体何だ?」
「財産権を保護することです」
「誰から?」
「下層民から」

フランスでは1789年に「人権宣言」が憲法制定国民会議で採択されている。自由、平等、国民主権など、現在の憲法に通じるものが宣言されている。にもかかわらず、その思想が浸透するまでには相当の時間を要している。


1789年「フランス人権宣言」(一部)
第1条 人間は自由かつ権利において平等なものとして生まれ、また、存在する。社会的な差別は、共同の利益にもとづいてのみ、設けることができる。
第2条 あらゆる政治的結合(国家)の目的は、人間の自然で時効により消滅することのない権利の保全である。それらの権利とは、自由、所有権、安全および圧制への抵抗である。
第3条 あらゆる主権の原理(起源・根拠)は、本質的に国民のうちに存する。いかなる団体、いかなる個人も、国民から明白に由来するものでない権威を、行使することはできない。
第4条 自由とは、他人を害することのないすべてをなしうることにある。したがって、各人の自然権は、社会の他の成員に同じ権利の享有保証する限界以外に、限界を持たない。それらの限界は法によってのみ定めることができる。