第43回 日展・福岡展 随筆のページへ

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File No.120406

日本は東日本大震災で、かつて経験したことの無い悲劇を目の当たりにした。私は随筆を書き始めた頃「もっとも重要なことは、自然の力の前では人間がいかに弱者であるかを、我々一人々々が自覚することである」と書いた。まさにこの震災では、それを見せつけられた。今回の日展では、その大災害からの復活を願う作品が多く見られた。我々が「美を見極める脳」と「生命を維持する脳」は同じ部分だという。日展の中山理事長が以前こんなことを言っていた。「私たちは芸術に生かされているのです。美にふれて新たな生命力を得ていただきたい」。作品の中でも印象的だったのが岡江伸氏の作品「未来へ」だった。女性がしっかり足を地につけ未来に向かって歩き出している。女性の後ろで大きく翼を広げ、羽ばたく鷲の鋭い目と、女性の凛とした表情から生きていく決意が見て取れる。人間は自然の前では弱者であっても、それを踏まえて立ち上がり、歩き出す強さを持っている。

彫刻部門で強烈な印象を受けたのが、原田彪(たけし)氏の「長い道」(福岡県福津市)だった。この作品もまた震災をテーマにしたものである。作品のコンセプトを「老人は震災で失った家族や地域に思いをはせ、鎮魂の祈りをささげています。今からの山あり谷ありの道をどう進んでいくか、沖を眺めて考えています」としている。この彫刻の前に立つと、何か分からない気迫に押される。それはこの老人が生きてきた人生に裏打ちされた存在感なのかもしれない。原田氏の作品は、そういう力強く歩いてきた人生を感じさせ、また歩いていく未来を見据えている。第41回の日展でも同じ「長い道」というタイトルで母と子の立ち姿の像が出品されていた。その作品もしっかりと大地を踏みしめ、明日へ向かって生きていく力強さを感じさせる作品だった。彫刻は、木や石膏やブロンズといった無機物に「命」を吹き込む。作品から感じる精神性の高さは、すなわち作者の生き方そのものなのかもしれない。

先日テレビで「にっぽん民謡紀行」という番組を放映していた。その中で富山県の山里「五箇山」や福島県の「会津地方」を取り上げていた。山深い里「五箇山」では秋の収穫に感謝し、日本最古の民謡「こきりこ節」を鎮守の神様に奉納する。それは何百年もの間、連綿と受け継がれてきた。そんな山あいで自然と共に生きている集落を思わせる作品があった。成田禎介氏の「山麓」という作品である。遠くに残雪の山、前に広がる森林と深い渓谷、その自然に抱かれて生きている小さな集落が描かれている。成田氏は、大自然の造形の見事さに魅かれている。作者のことばとしてこんなことが書かれていた。「自然は意図して作られたものではなく想像を超えた何かがあるように思えてならない」。福島県の会津地方の人たちは、山の恵みに感謝し「会津磐梯山は宝の山よ」と唄う。「山麓」に描かれている小さな集落に、「五箇山」の人たちや「会津地方」に生きる人たちにイメージを重ねて観ていた。

日展の中山理事長は「日本の美術のひとつの特徴に、すべてを描いてしまわない、つまり、創造の部分を残しておくという要素があります」と話す。久米伴香氏の作品「風馨る」の"特選"授賞理由は「白い美しい淡緑色の階調で白い風の流れる雰囲気を見事にだした力作です。自然の息吹を静かな深い心の目で捉えて臨場感を表現している」となっている。これは裏を返せばその作品を鑑賞する人が、作者の思いを汲み取る力があるということでもある。日本人の感覚は鋭く、繊細である。福岡市美術館では「日展」をはじめ「二紀展」「二科展」「示現会展」「独立展」「モダンアート展」「創元展」など目白押しである。日本の芸術家の深い想いが投影された多くの作品に出会うことができる。それは日本人の感性で接するが故に、世界的に有名な画家の何億円もするような作品に、勝るとも劣らない新鮮な世界を我々に与えてくれる。





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チケット

アートガイド

彫刻「長い道」
原田彪

日本画 「未来へ」 岡江伸

洋画 「山麓」 成田禎介

昭和32年度・中学校用音楽教科書
山田耕筰編「音楽・中学校用3」

著作者:山田耕筰、松本民之介、平岡照章、橋本秀次
発行者:教育図書株式会社
定価:43円
これは実際に使った教科書ではなく「教科書センター用見本」の印が押されている。山田耕筰編の中学校用音楽教科書である。見本であるから、文部省検定済・検定・印刷のところは、昭和31年とだけ印刷され、月日がブランクになっている。どうして私が手に入れたのかは分からない。収録曲の一番最初が「君が代」で、最後は「仰げば尊し」で終わっている。その中の見開き一頁で「日本の民謡」が取り上げられている。楽譜は「木曾節」「ひえつき節」「そうらん節」「大漁節」の4曲だけだが、地域別に全部で20数曲の民謡を紹介している。
先日のテレビ番組「にっぽん民謡紀行」で取り上げていた民謡のうち、「こきりこ節」「会津磐梯山」については番組のホームページで次のように紹介されている。
◆こきりこ節:富山県南砺市五箇山、合掌造りが今も残る世界遺産に指定された集落のある場所。その山合の集落にある日本で一番古いとされる民謡「こきりこ節」。「こきりこ節」が息づく暮らしとは?
◆会津磐梯山:福島のランドマークとも言われる会津磐梯山、その山を唄った民謡が「会津磐梯山」。そこには山の恵みに感謝し、山と共に生きてきた人々の思いが込められている。そんな磐梯山の恵みを受けて暮らす人々を取材。
山田耕筰編の音楽教科書では、民謡の意義をこう説いている。「民謡は、日本の生活の中から生まれたもので、遠く祖先から歌い伝えられてきました。・・・・」。現在の音楽の教科書ではどういう風に扱っているのか分からないが、民謡を教える場合、楽曲だけでなく、それが発生し歌い継がれてきた背景こそが重要である。