映画「ドラゴン・タトゥーの女」を観て 映画の頁へ

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File No.120213

この映画は、スウェーデンで刊行されたベストセラー小説の映画化である。原作者は2004年に亡くなったそうだが、シリーズ3部作で、累計6300万部を売り上げているという。今回、デビッド・フィンチャー監督による映画化第1弾となった。今度のアカデミー賞では、5部門(主演女優賞・撮影賞・編集賞・音響編集賞・音響賞)にノミネートされている。希代の映像作家と呼ばれる監督の本領発揮は、まず冒頭のタイトルバックに流れる映像である。これは見応えがある。リスベットの悪夢を表現したというが、まさに質の高い現代アート作品を観ているかのようである。これだけでも十分価値があると思うが、2時間38分という長編ながら、テンポのよさと映像に引き込まれ、全くそれを感じさせない。事前の情報では、どうも登場人物を頭の中で整理するのがややこしそうだったので、人物相関図を頭にたたき込んでおいた。だが実際観てみると、意外にすっきりした流れだった。


ジャーナリストのミカエル(ダニエル・クレイグ)は、雑誌「ミレニアム」の主筆で、編集長・エリカと共同経営をしている。敏腕ジャーナリストのミカエルだが、悪徳企業家のヴェネストラムとの名誉棄損事件に敗訴し、多額の賠償金を払うことになった。一方、リスベット(ルーニー・マーラ)は、セキュリティ会社で働く優秀な調査員である。天才的なハッカーでもある彼女だが、顔にはいくつものピアス、身体には刺青がある。彼女のそれまでの生い立ちから屈折した性格で、後見人の管理の下で生活をしている。ミカエルの方は、賠償金の支払いで、ミレニアム誌存亡の危機である。そんな折、ミカエルの能力を見込んで、スウェーデンの大企業ヴァンゲル産業の元CEO・ヘンリックが、40年前失踪した当時16才のハリエットの調査を依頼してきた。ミカエルは、ヴェネストラムを破滅させる情報をくれることを条件に調査を引き受ける。手掛かりのつかめないミカエルは、リスベットの優秀な調査能力を知り、「殺人犯を一緒に捕まえてくれ」と依頼する

二人が調査する事件は40年も前の失踪事件である。しかも、当時起きた未解決の猟奇殺人事件とも関連している。リスベットは、その超人的な調査能力、記憶力、粘り強さで手掛かりを見つけ、ミカエルと真実を手繰り寄せていく。しかし、その同じ資料を持ちながら、「どんな巡査も、未解決事件を抱えている」と、スウェーデンの警察は連続猟奇殺人とともに迷宮入りにさせていた。翻って、昨今の日本の警察の現状を見るに、問題が散見される。一例を挙げれば、再三ストーカー行為をしていた男が、昨年12月長崎県で二人を殺害した事件である。再三にわたる警察への必死の訴えも、「刑事課がひとりも空いていない」と先延ばしさせられ、結果として二人が殺害された。事件につながる兆候はいくつもありながら、鋭さに欠ける対応だった。これは警察の判断力と態勢の問題である。その時の父親のこの言葉が胸に突き刺さる。「誰も助けてくれないと、絶望的な気持ちになりました」。犯罪を防ぐ根本は、警察が絶対守ってくれるという市民の信頼である。

アカデミー賞主演女優賞にノミネートされたのが、リスベット役のルーニー・マーラである。監督の前作である「ソーシャル・ネットワーク」は観てはいないが、女子大生役で出演していたらしい。アメリカのプロフットボールチームの創始者一族のご令嬢だそうだ。それにしては今回、一見して関わらない方がいいと思うようなファッションと言動の役を、体当たりでこなしている。幼い時から精神的に追い詰められ、屈折した性格からいまだに後見人に管理されているリスベット。だがストーリーが進むにつれ、ミカエルへの信頼が、女性としての微妙な心の変化をみせる。人を信頼してみよう、もしかしたら自分も人を愛せるかもしれない。だが、結局その思いが通じないところに切なさが残る。まさにルーニー・マーラ演じるリスベットの、人としての強さと弱さが、凍てつくスウェーデンのモノトーンの映像に魅力を与えている。強烈な個性を演じたルーニー・マーラが、この後どういう演技を見せてくれるか楽しみである。


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「ドラゴン・タトゥーの女」
 2012年02月公開、158分

監督:デビット・フィンチャー
出演:ダニエル・クレイグ 、 ルーニー・マーラ


第84回アカデミー賞ノミネート
主演女優賞、撮影賞、編集賞、音響編集賞、音響賞

2012/02/29 アカデミー賞・作品賞に仏映画「アーティスト」
第84回米アカデミー賞が決定した。「アーティスト」が作品賞、監督賞、主演男優賞など5部門を受賞した。この作品は白黒サイレントで、仏映画が作品賞を受賞するのは初めてという。「ドラゴン・タトゥーの女」は、編集賞を受賞した。
今回の主な受賞作品および受賞者は次の通り。
作品賞 アーティスト
監督賞 ミシェル・アザナビシウス(アーティスト)
主演男優賞 ジャン・デュジャルダン(アーティスト)
主演女優賞 メルリ・ストリープ(マーガレット・サッチャー鉄の女の涙)
助演男優賞 クリストファー・プラマー(人生はビギナーズ)
助演女優賞 オクタビア・スペンサー(ヘルプ)
脚本賞 ミッドナイト・イン・パリ
脚色賞 ファミリー・ツリー
撮影賞・美術賞・音響編集賞
録音賞・視覚効果賞
ヒューゴの不思議な発明
編集賞 ドラゴン・タトゥーの女
衣装デザイン賞・作曲賞 アーティスト
メーキャップ賞 マーガレット・サッチャー鉄の女の涙
2012/03/04 最高裁が裁判員裁判の無罪を支持
先月13日、「覚せい剤取締法違反」の上告審で、最高裁が逆転有罪の二審を見直し「裁判員裁判の一審尊重」の判断を示した。「明らかに不合理でなければ一審判決を尊重すべきで、裁判員制度の導入後はよりその必要がある」との判断である。最高裁は「バッグ内のチョコレート缶に覚せい剤が入っていたことを知らなかった」という被告の説明について、「明らかに不合理だとはいえない」とした。つまり二審は一審の誤りを充分示せてなかったということである。
映画「ドラゴンタトゥーの女」で、ジャーナリストのミカエルは、悪徳業者ヴェネストラムとの名誉棄損事件に敗訴するが、ヴェネストラムの実態を知るヘンリックはミカエルに「君の調査は正しい。証明出来なかっただけだ」と言う。つまり今回の二審もこういうことだろうと思う。
上記とは全く別の「覚せい剤取締法違反」事件だが、3月2日の控訴審で大阪高裁は、一審の裁判員裁判で下した無罪判決を破棄して差し戻した。高裁の判断は「客観証拠の通話記録から被告の関与は強く推認でき、一審の事実誤認は明らか。多くは密輸に関する通話と強く推認でき、信用性は高い」と指摘した。
いづれの裁判も一審と二審の判断は180度違っている。「一審の事実誤認は明らか」という部分が重要である。つまりここに三審制の意義がある。どういう審理にしろ、違う目を通して、限りなく真実を追及することが本来あるべき姿である。一審の裁判員裁判を尊重しつつも、控訴、上告で十分審理してほしい。


2012/03/06 西海2女性殺害事件・・・3県警、連携不備認める
長崎県西海市で昨年12月に起きた2女性殺害事件で、事件の問題点を検証していた千葉、長崎、三重の3県警が検証結果を発表した。
検証結果の骨子は次の通り。
(1) 重大事件に発展する危機意識が不足しており、警察署の組織対応や、千葉、三重、長崎3県警の連携に不備があった。
(2) ストーカー規正法に基づく必要な対応がなかった。
(3) 再発防止のためストーカー規正法を積極的に活用し、県警間の情報共有を徹底する。
警察の説明の中に、次のような言葉があった。
「切迫感をもっていれば、このようなことにならなかった」
「切迫感がなく他の事件を優先した」
「捜査すべきことを十分にしてなかった」
「署内で情報共有ができておらず、当直員が危険人物だと把握していなかった」
要するに“切迫感がなく”とか“他の事件を優先させた”の根本は、被害者家族が訴えたときの状況判断能力の欠落である。死と隣り合わせの恐怖から助けを求めている家族の態度が分からないわけがない。それでも切迫感がなかったというなら、むしろ分かろうとしなかったというのが実態だろう。 警察には検挙率という数字がある。この率を上げるためには、分母を少なくするか、分子を多くするかである。無意識のうちにこの考えが働いているのではないか。仕事を増やしたくないのは人情だが、それでは市民を守れない。ましてや“捜査すべきことを十分捜査していなかった”など論外である。再発防止策も通り一遍の内容である「ストーカー規正法などを積極的に運用するように指導する」とのことだが、これまで、積極的な運用も、指導もされてなかったということか。これだと起こるべくして起こった事件である。遺族の方は怒りのやり場がなかろう。
2012/03/26 西海2女性殺害事件・・・被害届先延ばしさせ、慰安旅行へ
すがるように助けを求める父親に、習志野署の担当者は「刑事課が一人も空いていないので、1週間待ってほしい」と答えた。しかし、その担当者は2日後、北海道への慰安旅行に行っていた。慰安旅行は、この事件に関係ないと警察は言うが、ひとりも空いていないという刑事課から4人も旅行に参加している。受付を先延ばしさせた担当者が、一週間という時間を置いたのは、明後日からの旅行のことが意識の中になかったとは言い切れないだろう。しかも、旅行の事は、キャリアには内緒で、公表もしなかった。これだけの重大事件が起きた訳だから、とても公表など出来なかったというのが本音だろう。何から何まで緩んだこの体質はどうしたものか。