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File No.110118

亡くなって120年にもなるが、ゴッホはいまだに世界中で人気がいい。ところが、1月8日の西日本新聞のゴッホ展の記事にこんな一節があった。「ある日、ぼくはどこかのカフェで個展が開けるようになると思う」。これは晩年のゴッホが弟テオに夢を語ったものだという。あの"炎の人ゴッホ"の晩年の言葉に、何か心の深い部分を締め付けられるような思いである。ゴッホ展は、ゆっくり観たいので少し落ち着くのを待って、ウィークデーに行った。しかし、それでも団体客が来ていて、かなりの混雑だった。今回のゴッホ展は、単に作品だけを見るのではなく、どのようにして"激しく燃えるような、あのゴッホの画風が確立されていったのか"を見せてくれる。九州国博の三輪館長は「ゴッホがいかにゴッホになったか!画業のプロセスを見てほしい」と話す。初期から最晩年まで、人生の転機ごとに、その時その時のゴッホが、どのような時代背景、どんな環境に身を置き、その中でいかに生きたかが時系列に展示されている。そのプロセスを追っていくと、ゴッホの心の変化までも鑑賞できる。

初期の作品「秋のポプラ並木」と、最晩年の「曇り空の下の積み藁」を見比べると、その違いは一目瞭然である。わずか10年の間に何があったのか。ゴッホは、ほとんど独学で絵を学んだ。最初はバルビゾン派のミレーの「種をまく人」などの模写から入っている。しかし、それは単なる模写ではなかった。ミレーの絵の中から、ミレーの精神、労働する人の心を読み取っていた。「じゃがいもを食べる人」はその集大成である。この後、パリに出る。当時パリでは、それまでのサロンに対して、印象派が新しい風を起こしていた。ここでゴッホの表現が大きく変わり、それまでと見違えるように明るくなる。しかし、ゴッホは日本の美術にみるような奥の深さを、さらに極めようとアルルに行く。ゴッホの知性には、研ぎ澄まされた凶器のような鋭さがある。その深い精神性を追及する姿勢は、すなわち描く絵に込められる。それがうねるようなタッチのゴッホ独特の作風を生み出す。我々はゴッホとしての絵を完成したと見るが、ゴッホ自身は最後まで道半ばだった。やがてゴッホの内なる"苦しみ"はピークに達し最後を迎える。

ゴッホが生きた時代は、あのシャーロック・ホームズを書いたコナン・ドイルの時代でもある。捜査の手法に科学的な手法が取り入れられ、時代は劇的に変化していく。パリ万博が開催され、モネの「サン・ラザール駅」の絵に見るように鉄道が走り、都市も人の動きも大きく変わろうとしていた。そんな時代だからこそ、それまでの古い殻を打ち破る新しい波が起きたのである。バルビゾン派が、外に出て風景を描き、印象派が一瞬の光の変化を、キャンバスに写し取る新しい感性が生まれた。しかし、何事も世間を変えるには、相当のエネルギーがいる。新しい波は決して簡単に世間に受け入れられた訳ではない。相変わらずサロンが権威を持ち、印象派も食うに困る生活を余儀なくされた。ルノワールなども、結局サロンに戻らざるをえなかった。ゴッホがパリに出てきたのは、最後の印象派展があったころである。時代はそれまでをベースに常に動いている。ゴッホも振り返ってみれば、印象派からさらに進んで、ゴーギャンなどとポスト印象派と言われるようになる。

昨日(1月18日)の西日本新聞の連載小説「グッバイ・マイラブ」(佐藤洋二郎・作)にこんなことが書いてあった。「目に入るものは誰でも判断できるが、目に見えない人間の感情ほど捉えるのが難しい・・・・その掴めない感情を文章で捉えようとするのが文学で、同じように絵画や音楽で捉えようとするのが芸術だ・・・」。ゴッホ展でもらった小さな冊子には、ゴッホの言葉がこう書いてあった。「ぼくが求める美は、道具や材料から出てくるのではなく、ぼく自身から出てくるものだ」。ゴッホの目を通すと、ありふれた糸杉も、燃え上がる炎が天に昇っていくかのように描かれる。「天才は1%のひらめきと99%の汗」と言われる。ゴッホは天才ではあったろうが、それを支えたのは、まさしく99%の努力である。ゴッホは、最後まで自分が魅かれる絵を研究しつづけた。不器用なゴッホが自分自身を完成させようともがいた激しい魂こそが、120年後の我々にも感動を与える。全くの無名の画家として、失意のうちに亡くなった人生は、120年後のこの名声とバランスし、彼の魂は今「無」の状態となって安らかであると思いたい。


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2011/01/22 弟テオからゴッホ宛の手紙
今日の新聞のゴッホ展関連の記事に弟のテオからゴッホ宛の手紙の一節が載っていた。これは「星月夜」が描かれた頃のものだという。

<きみの最近の絵には従来になかった色彩の美しさがある。<中略>さらに君はそれを乗り越え遠くへ進んでいる。もし形体の歪曲によって象徴的なものを見ようとする人々があれば、ぼくはきみの絵の多くにその象徴を見出す。いいかえれば自然や生物に関する君の思想の縮図の表現にそれが認められる>

新聞ではこの手紙を、こう解釈している。
 “それは、宇宙感や自然観、宗教感など人間精神の奥底や不可視の領域を描きだす手段だったのかもしれない”

私も「ゴッホの目を通すと、ありふれた糸杉も、燃え上がる炎が天に昇っていくかのように描かれる」と書いたが、弟テオの手紙と作品の「星月夜」を改めて観ると、ゴッホの意識が、深遠な宇宙へ向かっているように思える。

2011/06/24 ゴッホの自画像・本当は弟のテオ
ゴッホ美術館(オランダ・アムステルダム)は、ゴッホの自画像とされていた一枚が、実は弟のテオを描いたものだったと発表した。美術館の学芸員は、耳・あごひげ・目の色が、現存するテオの写真と一致し、この肖像画はテオであるとの結論を出した。従来から、ゴッホを経済的に支えていたテオの肖像画がないのはおかしいと思われていたという。

2011/01/28 菅首相は国債の格付けに「疎(うと)い」らしい
アメリカの格付け会社S&P社が、日本の国債の格付けを引き下げた。これまでの「AA」から「AAマイナス」になった。財政が懸念されているあのスペインよりも下になった。問題は格下げの理由である。「民主党政権には債務問題に対する一貫した戦略が欠けている」としている。これに関する記者からの質問に対し菅首相は「そういうことには疎(うと)いので・・・」と言ったという。開いた口がふさがらん。

枝野官房長官は「市場の信用を維持するためにも、財政健全化を進めていく方針を徹底したい」と言った。しかし返す刀で、子供手当を2万円に増額の閣議決定である。民主党がいくら言い訳をしようがS&P社の判断は間違っていない。おそらく国民みんながそう思っている。口だけ達者だけでは誰も納得しない。増税しか頭にない与謝野馨を入閣させたことが全てを物語っている。

私は「順序として、まずプライマリーバランス改善に政治生命をかけてみては如何ですか」と書いたが、まさにS&P社はそれを指摘している。実行能力もなく、ただただばらまくしか能のない民主党では、増税しても何の意味もない。“ざる”にいくら水を注いでも何の足しにもならないのと同じである。今、腰を据えて取り組まないと、破たんした地方自治体と同じになる。

財政再建には、かなりの痛みが伴う。例え3分の2の国民が賛成する良い施策でも、極端な話3本実施すれば、全国民が何らかの不満を抱えることになる。(馬鹿な政治家は、庶民の味方を気取って批判することしか出来ない) それを納得させるのは、その痛みが必ずいい結果をもたらしてくれるという希望である。小泉政権時代のように、財政規律に対する確固たる信念など、今の民主党には全くない。