TVドラマ「わが家の歴史」を観て 随筆のページへ

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File No.100413

「わが家の歴史」というテレビドラマが、4月9日〜11日の三夜連続で放映された。これはフジテレビ開局50周年記念として制作されたものである。内容は、戦後の激動の時代を力強く生き抜いた家族の波乱の歴史を描いたものだ。私は自分のホームページの冒頭にこんなことを書いている。
「このホームページは、私にとって「自分史」である。人間は誰しも歴史があり、その人生がどういう人生であれ、本人にとってはかけがえのない歴史である」。
ドラマでも、エンディングでこういうナレーションが流れる。「ここに歴史を動かした人間は一人もいない。後世に名を残すこともない人々である。しかし彼らはこの時代を確実に生きている。彼らには人に誇れるそれぞれの歴史がある。つまりこれが戦後の日本を生き抜いたわが家の歴史である」。視聴率も随分よくて20%を超えたようだ。あの時代は、みんな生きることに一生懸命だった。安保闘争は、内容はともかく、すさまじいエネルギーがあったのは間違いない。その時代に活躍した人物や、大きな事件事故などを織り交ぜながら描かれるバイタリティあふれる人物たちに引き込まれじっくり観た。

何と言ってもキャスティングが前代未聞・空前絶後の豪華さだ。今を代表する俳優たちが適材適所で出演する。中でも天海祐希さんが演じた大造の妻で、中州のバー・キャバレーを取り仕切る女傑役は、この人をおいて他にないというキャスティングだ。こういう役をやらせると右に出るものがいない。佐藤浩市さんは、「心に残る映画スター・ベスト10」(文芸春秋・2009年季刊夏号)で堂々のランクインをするような俳優である。第一夜を観たとき、これだったら中井貴一さんも、それ相当の役で出演してもらいたいものだと思っていたら、第二夜、第三夜ではちゃんと義侠心あふれるいい役どころで出演していた。この両雄は今の日本を代表する俳優であり、もはや父親を超えようとしている。若手の女優では、柴咲コウ、長澤まさみ、堀北真希だろう。それぞれ、CMでもよく見かける女優である。以前、柴咲コウさんのCMで、VTOLの戦闘機をダイハツムーヴに横付けして「となり、空いてる?」というのがあったが、これはなかなか気に入っていた。長澤まさみさんは、JR西日本の新幹線・エクスプレス予約で、「先に行ってます」と颯爽と歩く姿がいい。堀北真希さんは、先日「笑っていいとも」に出たときのタモリさんとのトークで見せた、あの落ち着いた雰囲気から、今後さらに成長の予感がしている。

物語の第一夜は、博多が主な舞台だった。田川の赤池の炭鉱の落盤事故で、責任をとらされ一家は、姪浜に移ってくる。極貧の一家は、そこもまた出て百地の海の家に移る。そこからまた住吉の狭い部屋を間借りする。地元で土地勘がある分、より親しみを持って観ることができた。私は昭和39年、入社して最初に住んだのは西新で、大濠公園、天神、中州を通って呉服町まで、福岡市を横断して通勤していた。主人公の大造は中州でバー・キャバレーを経営している。中州は勤務先の近くということもあってよく行った。中州にある日活の映画館には、ビルの2階ほどもあろうかという巨大な渡哲也さんの全身写真の看板が立てられていた。映画を観て「湖月のカレー」を食べるのは定番である。最近この「湖月のカレー」が復活している。中州だけではなく天神にもある。やはり昔をなつかしむ人が多いとみえる。喫茶店でコーヒーを飲んだのも、お好み焼を食べたのも中州が初めてだった。もちろん、スタンドバーや、キャバレーもデビューは中州だった。スタンドバーでは"バイオレットフィズ"なるものをはじめて飲んだ。先輩に連れて行ってもらったキャバレーでは、一見して初めてとわかる私の耳元で、美人ホステスがそっとささやいた。「ねえ、フルーツ取っていい〜?」。

一家が東京へ出ていくことになったとき、「すまない」と嘆く父親に、政子が言う。「お父さんとお母さんがおらんかったら、私はいまここにおらんとよ。鬼塚さんとも知りあえんだったし、いくら感謝しても足りんくらいよ」。このドラマを流れているテーマは「家族」である。以前私は次のようなことを書いたことがある。

・・・こうして一時代一時代、自分たちが任された時代を一生懸命生きてきたのである。いつの時代でも、特別な人が生きていた訳ではない。毎年の鎮守の森の祭りを楽しみにし、おいしいものを食べて喜び、その時代のあり方に左右されながらも、我々と何ら変わりない人たちが生きていた。親から子へ、子から孫へ、戸籍謄本をみるとその様子が実によく分かる。確実に"時"は過ぎ、受け継がれている。それぞれの"戸"が「山の彼方の空遠く」にある"幸"を求めて生きてきた結果が現在をつくっている。・・・

まさに八女家の家族は、そんな家族である。時代の荒波にほんろうされながらも、みんなが必死に生きた。「東京に出ればまたいいことがあるって」と、その先にはきっと幸せが待っていると信じ、その思いが生きるエネルギーになった。そして家族全員が紆余曲折を経て"幸せ"を手にした。三女の房子と幼なじみのつるちゃんが結婚する。結婚式のあと家族だけの食事で、みんなを前に政子が涙ながらに話す。「みんなを見ていて気がついたの。自分がずっと思い描いていたのは、今日のことなんだって。お姉ちゃんは幸せです。お父さんもお母さんも、みんな本当にありがとう」。

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