(おいまつじんじゃ)
老松神社と山笠
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FileNo.080726

前原(まえばる)市は7月24・25日は夏祭りで賑う。夜店が並び、ゲームや生演奏、ラムネの早飲み大会など多彩な催しで盛り上げる。ゆかた姿の女性や子供づれの親御さん、若いカップルなどが、雑踏を楽しみながらそぞろ歩く。どこの地方でも見られる夏の風物詩である。前原の夏祭りには、11町が山笠を奉納する。24日は火伏地蔵へ、25日は老松神社へ奉納する。25日は老松神社の夏越祭(なごしさい)にあわせたもので、神社では“輪ごし(茅輪神事)”が行われる。山笠は、各町内会が奉納まで約一ヶ月近くかけて準備する。お汐井取りや棒洗いなどが、神事としてきちっと執り行われる。今回、山笠を担ぐ棒を洗い清める「棒洗い神事」を初めて見させてもらった。祭壇には、清めの砂と一緒に、米・塩・酒・昆布・するめなどが備えられる。太鼓が打ち鳴らされ、東町行政区の区長を迎えて「二礼・ニ拍手・一礼」で、祭りの幹部たちが玉串を奉げる。

棒洗い

棒洗い神事
老松神社に関する資料は少ない。探してみたが結局、神社の前に書いてある「御由緒」くらいしか分らなかった。創立は永禄年間(1558〜1568年)という。御祭神は「天穂日命(あめのほひのみこと)・・・・・高天原直系の稲穂の神」「天満天神(てんまてんじん)・・・・・菅原大神(すがはらのおおかみ)、学問の神」である。天神さまは馴染み深い。9月23日から「九州国立博物館」で「国宝・天神さま」の展示が予定されている。楽しみである。天穂日命は、出雲大社の祭祀を司る千家家の始祖である。「穂」は“稲穂”を意味し、古来より「瑞穂の国」として、日本人にとって稲は神聖なものであった。伊勢神宮で行われる祭儀の多くは稲作と結びついているという。老松神社には、末社として、大己貴神(おおなむちのかみ)も祀られている。伊都国から続くこの地に相応しい神々と言える。

老松神社(天穂日命、天満天神)

現人神社(大己貴神)
平成25年に伊勢神宮は、第62回の式年遷宮を迎える。式年遷宮は20年ごとに行われ、新しい正殿がつくられる。新しくつくられるのは、正殿だけではない。ご装束、ご神宝類なども1300年前の技術を忠実に守ってつくられていく。それは現代の科学技術に頼らず、昔のままに伝えられるところに意味がある。20年に一度という時間は、人間の一生で言えば三回は巡ってくる。こうして古代の技術を修得し、伝えていくのである。今回、祭りの準備段階から関わって感じたことはこの「伝承」という点である。山車を組み上げるのも、ベテランが指導しながら、みんなで組み上げていく。山車を担ぐ時使う、太い荒縄をつくるときなど、ベテランは簡単にやってのけ、かつ出来上がりがきれいだが、初心者にとってはこれがなかなか難しい。「おーい、先生!」などと言いながら、いろんなことが引き継がれていく。世代が変わっていく毎に伝承され、それが即ち伝統であり、歴史がつくられていく。

老松神社に参拝

老松神社からいざ出発
ところが、「集まってくるのは年配の人ばかり。引き継いでくれる若い人がいなくなった」と長老は嘆く。先日、自民党の国家戦略本部の外国人労働者問題プロジェクトチームは、原則としてすべての業種で外国人労働者の受け入れる制度創設の提言をまとめた。山笠を担ぐ若者も例外ではない。今回担いだ人の中には、アルバイトで外国人の若者が参加していた。出身国は、ベトナム、中国、インドとさまざまで、同じ町内にある日本語学校の学生さんたちである。伝承し伝統を守るためには、指導する人、担ぐ人の両方が揃わなければならないが、少子高齢化は“いずこも同じ秋の夕暮れ”である。さて組みあがった山車を、ほんの100mほどのところに移動させた。私としては、はじめて担いだわけだが、山車の重さといったら半端じゃない。私は、肩に食い込む数百キロという重さに、大きな意味があるように感じた。担ぎ手全員が、“気”を一にしなければ動かない重さである。祭りの日、その“気”を神様は必ずやお感じになったに違いない。
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