運転免許証

トヨタ パブリカ

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File No.020503


妻の免許更新

先日、妻が免許の切り替えに行くと言うので、一緒に「自動車運転免許試験場」に行った。事前に確認した時、休日は平日の倍混雑すると聞いていたので、駐車場の心配もありウィークデーにした。免許を持っている人は7400万人いるというから、大人のほとんどが何らかの運転免許証をもっていることになる。この大量の切り替えをさばくのであるから、ほとんど流れ作業状態である。ベルトコンベアに乗せたられたみたいに手続きが進んでいく。若い人から高齢者まで様々な人がくるが、基本的には自動車やバイクを運転出来るだけの運動神経と知識を持っている人ばかりなので、ほとんど支障なく手続きが終わる。講習を受けている約30分の間に、さっき写したばかりの写真が入った免許証がもう出来上がっている。最初の手続きから新しい免許証をもらうまで2時間もかからない。

車の免許

私が初めて免許証を手にしたのは、昭和41年頃だった。当時マイカーなんてものはほとんどなかった時代である。安月給では、高額な車など買えようはずもなく、免許も持たなかった。ところが、運がいいことに当時の所長が運転免許を持ってなかったので、各営業所や取扱店を車で巡回するのに、私が免許を取ることになった。営業でもないのに会社の費用で取らせてもらってラッキーだった。私は高校時代から運転には興味があって、部活は自動車部に入っていた。そんな訳で運転技術には自信があった。今でも、車庫入れや縦列駐車は得意とするところで、一発で決めることに妙にこだわっている。試験はすんなり通った。

自動二輪の免許

自動車の免許を取って間もなく、自動二輪の免許にも挑戦した。当時会社の営業車はみんなバイクだった。取っておけば何か会社の役に立つだろうと思って自費で挑戦した。夏の暑い日だった。試験コースを覚える為、試験場に行って、自分の足で歩いて覚えた。試験当日試験官が、今日の試験コースを回ってくるのでよく見て置くように、と言ってくるくる〜と一回りして「はい、あなた」と私にバイクを渡された。つまり、その日の朝の、最初の受験者だった。前もってコースを歩いていたのが役に立った。ギヤがロータリーで、どこにギヤが入っているのか分からなくなって、冷や汗をかく場面もあったが、とにかく合格した。その後、この自動二輪の免許は、会社の仕事に大いに貢献することになる。

初めてのドライブ

免許を取って、ある程度運転にもなれた頃、彼女をドライブに誘った。と言ってもマイカーではなく当然「レンタカー」である。トヨタの「パブリカ」という排気量800ccの車を借りた。レンタカーとはいっても、まだ慣らし運転が終わったばかりの1000kmしか走ってない新車だった。真っ白の新車に彼女を乗せて、颯爽とドライブに出かけた。ドライブコースは、「耶馬溪〜久住〜水分峠〜山下湖」だった。今考えてもドライブコースとしてはなかなかいい。まだ舗装も出来てなく、がたがたの道だったが楽しかった。森に囲まれた静かな山下湖畔で昼食、彼女の用意してきた俵型おにぎりの手作り弁当が実にうまかった。

大型自動二輪の免許

昭和50年頃であろうか、二輪免許の法律の改正があって、種類が大型・中型・小型に分かれた。それまでに免許を持っていた人は、大型の免許になった。最近また改正があって、普通二輪と大型二輪に分かれたが、前からの続きで私は「大型自動二輪」の免許になっている。乗れる乗れないは別としても、資格は「ナナハン」だって、「ハーレー」だって乗れるわけである。ただ、倒れたナナハンを起すだけの体力は持ち合わせてないので、到底無理である。いつだったか250ccのバイクに乗る機会があって、乗ったがアクセルを吹かすと、身体だけ置いてかれそうだった。せいぜい乗っても125ccが妥当な年齢であり、体力である。

失効

昭和57年に一大事件が発生。私としたことが、うっかり更新期限を忘れてしまっていたのである。誕生日の23日後に気づいたが、後の祭りだった。再交付の手続きの詳しいことは忘れたが、1週間後に新しい免許をもらっているので、多分簡単な手続きだったのだと思う。残念なことに、免許の資格取得日は、S57年になってしまった。しかも、免許証の番号の下一桁が「1」になっている。一生この失効という事実がついて回るのだ。不覚であった。うわさに聞いたが、近々免許更新の期間が、誕生日を挟んで前1ヶ月から後1ヶ月まで、2ヶ月間になるそうだ。という事は、全国ではうっかり失効の人が相当多いのではなかろうか。

免許証の写真

免許の写真と言うのは、どうして誰もが不満なのだろうか。免許の写真が満足だなんて人にお目にかかったことがない。試験場で更新手続きの一つとして写真撮影がある。これが免許証に貼り付けられるから、本人に選択の余地はない。本人の意思に反して否応なくその写真と5年間つい合うことになる。免許証は身分証明書として使う機会も多い。本人が気にしているほど相手は気にしていないが、必要以上にはずかしいものである。いつかテレビでやっていた。タレントの免許の写真を大写しにして、みんなが面白おかしくコメントする企画だった。免許の写真写りが悪いのは常識である。しかし、考えてみると、写真が悪いのではなく、そのほとんどは素材が悪いのではないのか。わたしの顔が間違ってもアラン・ドロンにはならないのだから。別の見方をすれば、写真写りをうんぬんするのは、おこがましいのかもしれない。

ドライブ

今乗っている車は「3ナンバー」の「6気筒」である。運転しやすく、吹き上がりもよい。「4気筒」の車と比べると、加速がスムースで静かである。アクセルを踏み込むと「スルスル」という感じで加速する。室内も広く、ゆったりしている。走行キロ数が、9万kmになろうとしている。買い替えが丁度定年頃になりそうなので、車種の選択に悩みそうである。贅沢が一度身につくとなかなか元に戻れない。
初めてのドライブから
35年。パブリカの彼女は、今も無類のドライブ好きである。彼女いわく、助手席で「うとうと」っとして、目が覚めると相変わらず、やまなみを走っていた。な〜んてーのが最高だってさ(^_^)。我が家の免許証は、本来の機能を最大限発揮している、価値ある免許証である。


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