映画「ラスト・サムライ」を観て 随筆のページへ

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この映画はハリウッドが日本人の心「武士道」をテーマに、世界に向けて作った映画である。プレミア試写会には、世界15カ国、300人の報道陣が集まったと聞く。最近の剣劇映画では「キル・ビル」というのがある。当然、誰しもが「ハリウッドが日本の価値観や規範をどこまで理解できるのか」という疑問が湧く。しかしズウィック監督は、この映画を作るにあたって、膨大な資料を調べ「映画をリアルなものにするために、時代考証の正確さを心がけた」という。そういうしっかりした裏づけの基に、正面から取り組んだ映画なのである。監督が日本文化やサムライに興味をもったのは、黒澤明監督の「七人の侍」を見たのがきっかけだそうだ。ハーバード大学では元駐日大使ライシャワー教授から「日本史」を学んだというから、基本的な下地は充分にあったと言える。トム・クルーズを主演にしたと言うことからも、この映画に対するハリウッドの意気込みは充分伺える。

映画は明治維新直後、急激な西洋化を進める1870年代の日本が舞台。日本政府は、政府軍を西洋式軍隊にするために、南北戦争の英雄ネイサン・オールグレン大尉(トム・クルーズ)を雇う。しかし、彼のインディアン討伐戦であげた輝かしい戦果は、彼の心に深い失望と悔いを残していた。一方日本では、何百年にもわたって祖先が永々と築き上げてきた“武士道”が、押し寄せる近代化の前に崩壊しかけていた。サムライ勝元盛次(渡辺謙)は、これを危惧し政府に反旗を翻した。相反する立場の二人は、激しい戦いを交えるが、オールグレンは敗れ勝元の捕虜となる。捕虜に対しても、礼節をもって接するサムライの生き方考え方に深く感銘を受けるオールグレンは、次第に“武士道”精神に傾倒し、勝元と固い絆で結ばれていく。そして来るべき時が来た。“武士道”を貫くために、勝元率いるサムライたちは最後の戦いに立ち上がる。オールグレンもまた、自分の信念を持って彼らと共に戦うことを決意する。

「ラスト・サムライ」で渡辺謙は、スキンヘッドにヒゲ、そして他を圧倒するその存在感が、アメリカでも高く評価されている。つい先日ゴールデングローブ賞の最優秀助演男優賞部門にノミネートされたというニュースが流れていた。日本人として「武士道」をテーマにした演技でのノミネートは嬉しいかぎりである。渡辺謙と言えば、数年前のテレビ時代劇で「御家人 斬九郎」というのがあった。若村麻由美、岸田今日子というキャスティングも絶妙だったが、渡辺謙が重厚な存在感にコミカルな面も合わせて演じていた。私はこの番組が好きで、毎週楽しみに見ていた。「ラスト・サムライ」では、その重厚さはもちろんだが、狂言を演じるシーンではコミカルな面も見せている。「壬生義士伝」というドラマもあったが、「斬九郎」の演技とどこか合い通じるものがあり、今回の「ラスト・サムライ」のキャスティングと無関係ではないような気がする。

勝元は、桜の花が潔く散るがごとく、最後に「パーフェクト」という言葉を残して散る。「武士道とは死ぬことと見つけたり」と昔から言う。これは、いつ死んでもいいような生き方、悔いが残らないような生き方を言っている。「ラスト・サムライ」でも「敗れた大将は死を選ぶ。それは名誉なことだ。立派な死だ」と言い、捕らえられた敵の大将の自刃に敬意をもって頭を下げるシーンもある。こういう崇高な生き方も、第二次世界大戦では、特攻隊などの精神的な支えに、軍部によって誤って使われた感があったのは残念なことだ。勝元は、自分の命をかけて守り通した生き方で、若き天皇に「西洋化を急ぐあまり、日本人の心を忘れてはならない。日本の文化と伝統を忘れてはならない」と言わしめた。完全な生き方を貫いた彼の美学は、その「死」をもって完成する。つまりこれこそが彼が守り通そうとした「日本の心」なのである。



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STORY
監督:エドワード・ズウィック
出演:トム・クルーズ、渡辺 謙
19世紀末。南北戦争の英雄、オールグレン(トム・クルーズ)は、原住民討伐戦に失望し、酒に溺れる日々を送っていた。そんな彼が、近代化を目指す日本政府に軍隊の教官として招かれる。初めて侍と戦いを交えた日、負傷したオールグレンは捕えられ、勝元(渡辺謙)の村へ運ばれた。勝元は、天皇に忠義を捧げながら、武士の根絶を目論む官軍に反旗を翻していた。異国の村で、侍の生活を目の当たりにしたオールグレンは、やがて、その静かで強い精神に心を動かされていく。


追伸:平成16年3月1日
第76回米アカデミー賞が2月29日(日本時間1日)ハリウッドで発表された。助演男優賞は「ミスティック・リバー」のティム・ロビンスが受賞。ノミネートされていた渡辺謙さんは、残念ながら受賞を逃した。授賞式後に会見した渡辺さんは「興奮した。エベレスト級の山に登れたという感じ。また挑戦しなければならない」と意気込みを語った。「どんな役でも引き受けたい」と言う渡辺謙さんは、すでに米映画「バットマン」シリーズ第5作に悪役として出演が決まっている。バットマンの宿敵となる犯罪組織のボスで国際テロリストの役だそうだ。尚、アカデミー賞には、「ロード・オブ・ザ・リング/王の帰還」が作品賞をはじめ、ノミネートされた11部門すべて獲得した。11部門授賞は「ベン・ハー」(1960年)「タイタニック」(1998年)に続く最多タイ記録。