交番力
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file-No. 031121
関連随筆
「バイコロジー」

昨日の夜11時、我が家の電話がけたたましく鳴り響いた。電話に出ると、警察からというではないか。すわっ何事!と思ったら「盗難届けを出していた自転車が発見されました」との連絡だった。しかも、すぐ自転車を持ってきていただけるという。盗難に遭ったのは当方の不注意もあるのだが、来られた警官の方は、実に丁寧で、かえって恐縮であった。来られた警察官は盗難自転車を、月に4〜5台は見つけるそうだ。この4〜5台という数字こそ、まぎれもなく昼夜を問わない地道な活動で得た成果なのである。日本独特のシステムである交番は、防犯・交通事故防止など、パトロールを基本として市民の安全を守ってくれている。

私の自転車は、家から20kmほど離れたところにある新興住宅街で発見された。盗難から1年2ヶ月も経過しているにもかかわらず、自転車はきわめて良好な状態で、ほとんど傷んでいなかった。おそらく屋根のあるちゃんとしたところで保管・使用されていたのだろう。乗っていたのは、子供ということだったが、サドルの高さから推測すれば、おそらく中高生だったのではなかろうか。今回の発見は、夜中の11時頃パトロール中に、子供のほんのちょっとした動きを見抜いて、職務質問した結果 発見出来たものである。こういった、プロとしての鋭さをもって身近な犯罪を取り締まってくれていることが、なにより地域住民信頼の基となる。

近年、犯罪は凶悪化、低年齢化している。その傾向は、刑事責任の年齢が14歳へ引き下げられたことでも分かる。少年法を改正させるほど問題は深刻なのである。少子化による過度の期待感、核家族化による孤独感といった社会のシステムそのものの激変によるところも大きい。犯罪を犯した少年は、そういったシステムによって作り出されたということもできる。今回の私の自転車のケースは、ほんの出来心程度のことであろうから、彼の将来にどう関わるのかなどと大袈裟なことではないかもしれないが、少なくとも警察官に注意を受けたことが、人生の軌道修正となり、いい結果をもたらすことを期待するだけである。

日本人は「お上が我々に何をしてくれるか」と何でもお上をあてにする感覚がある。アメリカ人の「みんなチームの一員、歯車のひとつだ。自分の役割を果たすこと、それが国を支えている。アメリカ自体、一つのチームだ」という感覚とは本質的に違っている。これは日本の永い歴史が、常に「お上」が「民」を治めるというところからきている。しかし、社会システムから発生する犯罪の傾向を見るに、すべてを警察に下駄をあづけて解決する問題ではない。基本はやはり、社会を構成する個人・家庭・地域社会の自立であることは言うまでも無い。アメリカ的感覚を持つことが、解決の糸口になるのかもしれない。

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