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FileNo.060318

先日、福岡県医師会主催の公開講座「よい医療を探して」に行ってきた。柳田邦男氏の「作品としての医療」という特別講演があるので、日見子に声をかけたら「本も何冊か読んでいるし、是非聞きたい」というので一緒に出かけた。講座は特別講演とシンポジウムで構成され、シンポジウムの司会は林田スマさんだった。いつもながらスマさんの司会は歯切れがよく、全体が引き締まる。さて、柳田先生の講演であるが、生命活動には「身体的な命」と「精神的な命」がある。身体的に機能していなくても、人生を共有した人は精神生活を維持しているという。このことを実例をあげ話された。「亡くなる一週間、必死になってケアした時間は、自分自身が納得するための大事な時間であり、それが十分でなければ“悔い”が“こころの傷”として一生残る」。医療の場は人体の修理だけではない「人生の交差点」である。医師は様々な経験をしていき、患者にはそれぞれの人生がある。そこに人間的な繋がりが必要という話であった。

終末期医療においては、患者本人より死別して残された側の精神的な生活が反映されることが多いかもしれない。丁度1年前、アメリカで大統領まで巻き込んだ「シャイボ訴訟」というのがあった。シャイボさんの夫は「安楽死」を望み、両親は「延命」を求めた訴訟である。結局、裁判所は「死ぬ権利」を認め生命維持装置がはずされた。日本では、いまだ安楽死の法的な確立はされておらず、判断を誤った医師が殺人罪の判決を受けたケースもある。また、柳田先生は、生命維持装置をつけながらも、立派に精神生活を続けた例も話された。こういう場合は当然、よりよく生きるための懸命な努力は必要だ。残される家族の精神生活、患者の身体的な命などすべてを総合的に判断して、最善のあり方を見出すことが大切である。ただ、精神的生活が失われ「生かされている」という状態になったら生きている意味がない。家族の思いとは別に、本人にしてみれば、少なくとも「生かされている」という状態では、「人間らしい最期」とは言えまい。

この講座の数日後、立て続けにもう一つ作家・五木寛之氏の講演会に行った。同じ税金を払うなら、やはり都会がいい。こういう講演会を聞くチャンスがたくさんある。講演会は「こころの風景」という題で話された。日本の自殺者が平成10年に3万人を超えて以来7年連続3万人を超え、自殺率では世界bPだそうだ。一人の自殺者の背景には10人が自殺を試みている。更にその10倍の320万人に自殺願望があるという。神代以来、今一番人の命が軽くなっている。人間の命が軽い時代は悪い時代であり、病んでいる時代だと話される。「悲しむ、泣く、なげく」を排除する方向で歩んできた結果、人間のこころはカラカラに乾いた。なぜそうなったのか。戦後建築方法が湿式工法から乾式工法になったという例で、乾式の家で育った子供はこころが乾いて当たり前だという。戦後見事に乾式社会が出来上がった。こころがプラスチックになっている。だが、これを切り開く道がある。それは「こころ萎(な)える状態」であるという。

今の時代「悲しんで泣く」ということが必要。本当の悲しみを経験しなければ、本当に笑うことはできない。大きく、深くつく「ため息」も必要。「あ〜ア」とため息をつくとき、こころは萎えている。萎えるこころは、しなっているということだという。日本は世界と比べれば暮らしの水準は高く、また医療機器や診療の技術も群を抜くレベルだろう。それなのに、欧米の2倍もの自殺者は恒常化し、医療の現場では、経営効率に一所懸命である。二つの講演を聴き、私なりに二つの言葉を得た。一つは「医療の現場は人生の交差点」。「医は仁術なり」という古くからの言葉がある。今の時代、そう単純ではないかもしれないが「医は経営術なり」ではいけないことだけは確かである。もう一つは「萎える心はしなっている」である。「柳に雪折れなし」。しなる、やわらかな枝に「雪つり」はしないそうだ。いづれも、キーワードは『“うるおい”のある“こころの風景”』ということになるだろうか。



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追伸:平成18年3月25日 西日本新聞
患者7人安楽死か・・・・担当外科医、殺人容疑で捜査
富山県射水市は25日、射水市民病院で昨年10月に男性外科医が入院患者の人工呼吸器を取り外そうとするなどした際、不自然な点があったとして調査を始めたと発表した。
同病院から届けを受けた富山県警は同日までに、複数の高齢の患者が安楽死させられた疑いがあるとみて、殺人などの疑いで捜査に乗り出した。
射水市によると、この入院患者以外にも、男性外科医が担当した男女7人の高齢患者が呼吸器を外され死亡。県警は、病院や患者の親族から事情を聴き、経緯を詳しく調べる。
主な安楽死事件
1991年04月 神奈川県の東海大病院で、末期がん患者に主治医が心停止作用がある塩化カリウムなどを注射し、患者が死亡。   主治医は殺人の有罪決定
    
1995年02月 大阪市の関西電力病院で末期がん患者に医師が塩化カリウムを注射し、直後に患者死亡。   医師は殺人容疑で書類送検され不起訴
    
1996年04月 京都府の京北病院に入院中のがん患者に院長が筋弛緩剤を投与し、患者死亡。   院長は殺人容疑で書類送検され不起訴
    
1998年11月 川崎市の川崎共同病院に入院中の男性患者に主治医が筋弛緩剤を投与し、患者死亡。   主治医は殺人罪で起訴され横浜地裁が懲役3年、執行猶予5年の判決
    
2004年02月 食事をのどに詰まらせ、心肺停止状態で北海道立羽幌病院に入院した男性患者の人工呼吸器のスイッチを女性医師が切り、患者死亡。   道警が殺人容疑で女性医師を書類送検

追伸:平成18年3月26日 西日本新聞
末期治療・・・安楽死 規定あいまい
「安楽死は日本では法律に規定のない概念で、国によっても解釈が異なる。先に法整備をするべき問題だ」。白鴎大の土本教授(刑法)はこう語る。土本教授は安楽死の概念を@なすべき医療行為をしない消極的安楽死A苦痛緩和のためモルヒネなどを投与した結果、寿命を縮める間接的な安楽死B致死剤を与えて死を迎えさせる積極的安楽死---に分類する。
1995年の東海大病院事件判決で、横浜地裁は安楽死の合法要件として死期の切迫、耐え難い苦痛、苦痛除去・緩和の手段がない、本人の意思表示---の4点を指摘。昨年の川崎共同病院事件の判決はこれに加え「末期状態かどうかの判断は複数医師による確定が必要」との見解を示した。射水病院のケースを土本教授は「消極的安楽死に当たるが、本人の意思表示がない点や独断という点で、起訴すれば有罪になる可能性は大きい」と指摘。一方で「同様のケースは表に出ないだけで日常的に行われている可能性がある。医師は患者を救いたいと悲痛な思いからの行為だろう。法整備して医師の過剰な負担を取り除いてやるべきだ」と話す。

平成18年4月16日 西日本新聞
日本尊厳死協会
医師や法律家、学者らが1976年に設立。不治の病気で死期が迫った患者が、自分の意思で無意味な延命治療を受けずに「自然な死」を迎える権利の確立を目指して活動。植物状態に陥った場合の生命維持装置の中止も含め、自然な死を求める意思をあらかじめ明示した「尊厳死の宣言書」を発行している。会員は高齢者中心に約11万人。





平成18年5月7日 西日本新聞
自殺対策 啓発頼み ・・・ 具体化・連携 なお手探り
 秋田県は講演会や冊子作成など普及活動だけでなく、モデル地区で官民共同民間団体が、悩みを持ち寄れるサロンを運営するなどの対策を実施している。県内の各ブロックに官民の協議会を設置し、地域の特性に合わせた対策を講じるなど他県より一歩進んだ対策を展開中。
 秋田・青森両県に次いで自殺率が高い岩手県も、本年度から県警などの協力を得て、自殺した遺族との接触を始める。遺族の精神的ケアが目的だが、同意を得られた家族からは亡くなった家族の生前の様子などを聴き取る。これとは別に遺族団体の設立や、運営の援助も行い「自殺率は三位でも対策は一位を目指す」(岩手県の担当者)と意欲は高い。
 神奈川、長野両県が遺族支援を、兵庫県が自殺対策予防センター設立新年度事業に挙げた一方で、東京都や名古屋市、京都府、熊本県など、具体的な対策を打ち出していない所もある。
 対策を実施していても多くが普及啓発中心で、東京都の精神保健担当者は「自殺の原因は複雑でどこから手を付けるか、どんなアプローチが有効なのか分らない」。関東地方のある精神保健福祉センターの職員は「手製のグローブ、ボール、バットで野球をやっているようなもの。人員の手当てや予算がなく、限られた範囲でしか対策できない」と本音を漏らした。
「基本法」求める声も
[解説]調査対象のほとんどの自治体が何らかの自殺予防対策を実施していると回答したが、実際には冊子を配布するなど普及啓発活動だけの所もあり、政府が掲げた綜合対策が全国に行き渡ったというには、程遠いのが実態。自殺予防に取り組む民間団体からは、国や自治体に対策を義務付ける基本法の制定を求める声も出始めた。自殺対策は、自殺へのタブー視をなくすための普及啓発や地域の実態調査、未遂者や遺族対策など多岐にわたる。だが、国や自治体が対策を講じなければならないという法的根拠はない。
 政府は、今後十年間で自殺者数を1997年以前の二万五千人以下に抑えることを目標に掲げたが「何をやっても、何もやらなくても、行政側の優先度の付け方に任されている」(ある中央省庁の担当者)のが現状だ。特定非営利活動法人「自殺対策支援センターライフリンク」の清水康之代表は「根拠があいまいなまま、掛け声倒れに終わる可能性がある」として、基本法制定を呼びかけ、署名運動を始めた。与野党議員の中には、法制化に理解を示す動きもあり、対策が大きく進展する可能性も出ている。


平成19年4月10日 西日本新聞
延命治療・国が指針 ・・・ チーム組み独断排除・・・患者の意思最優先
厚生労働省は九日、治る見込みのなく死が避けられない患者への延命治療の開始・中止などの手順を定めた、国として初の指針を大筋で決めた。患者本人の意思決定を基本に進めることを「最も重要な原則」と明記。医師の独断を避けるため、医師や看護師らの「医療・ケアチーム」で対応し、患者との合意内容は文書化する。意思が分らない場合は「家族と話し合い、患者にとって最善の治療方法をとる」ことも盛り込んだ。
終末期医療の指針骨子

△患者本人の決定を基本として終末期医療を進めることが最も重要な原則
△医療の開始、不開始、変更、中止などは医療・ケアチームが慎重に判断する
△治療指針の決定に際し、患者と医療従事者の合意内容を文書化する
△患者の意思を推定出来ない場合は家族と話し合い、患者にとって最善の治療方針をとる
終末期医療
治る見込みがなく、死が避けられない患者への医療。苦痛の緩和や精神的安定、残された人生の質を高めるも重要な要素となる。人工呼吸器の装着などで死期を延ばす延命治療実施や中止についての統一的ルールはこれまでなく、2006年3月に発覚した射水市民病院(富山県)の人工呼吸器取り外し問題を契機に、国の指針や法制化をめぐる論議が高まった。近年は、患者が生前に延命治療を望まないなどと書面で意思表示する「リビングウィル」にも関心が高まっている。