北朝鮮のミサイル 随筆のページへ

トップページへ

FileNo.060712

北朝鮮が7発ものミサイルを発射した。1発目のミサイルが発射されたのは7月5日午前3時半すぎ、米軍から政府要人へ伝えられたのが午前3時50分ごろだった。政府・防衛庁の対応は早かった。直後の午前4時には官邸対策室が設置され、午前5時には情報の分析会議が開かれた。今回のここに至るまでの北朝鮮の動きについては、2ヶ月ほど前からその兆候を把握しており、防衛庁は「ここ近年で最高レベル」の情報収集態勢をとってきたといい、米軍は可能な限りの装備を日本周辺に配備したという。初期段階での迅速な政府と防衛庁の対応、使えるものは全て使ったという情報収集、情報共有による日米の連携、全てにおいて98年の「テポドン1号」の経験は生かされていた。つまり今回、我々は非常事態における最高の態勢を目の当たりにする事が出来たわけである。一市民が新聞・テレビで知りうる程度の情報と知識なので、その理解に間違いがあるかもしれないが、今回の報道の中から拾ってみた。

今回、最初にその動き確認したのは、偵察衛星の写真である。その後、「テレメトリー」の性能確認試験(発射されたミサイルから“ミサイルの状態”を基地へ送信する)と思われる電波をキャッチする。発射数日前には、北朝鮮が自国の船舶に発した危険海域警報を傍受している。こうした事前の動きや発射後の情報収集に陸海空が動く。空からは海自の電子偵察機EP−3やP−3C哨戒機、空自の電子偵察機YS11―Eなどが出動。米軍の弾道ミサイル発射監視や追尾を行う弾道ミサイル観測機RC135S(通称コブラボール)も発射前日や当日に何度も嘉手納基地を飛び立っている。更に同基地から電子偵察機RC135W(通称リベットジョイント)も離陸したという。もちろん空からと言えば、米軍の早期警戒衛星がある。ミサイルの発する赤外線をキャッチし今回の第一報をもたらしたのはこの早期警戒衛星だった。ただ不思議に思ったのは、今回の報道のなかにAWACS「E−767」が全く見当たらなかったことだ。

次に、海上での動きを見てみると、まず秋田県沖の日本海に、海自はイージス艦「こんごう」を、米海軍は「フィッツジェラルド」など2隻(もう1隻は「ラッセン」か?)のイージス艦を展開、更に98年のように日本を飛び越すことも想定して、海自はもう1隻のイージス艦を太平洋側に配備した。ミサイルが発射されればイージス艦の高性能レーダー「SPY−1」がミサイル動き追う。加えて、米軍はミサイル観測船「オブザベーションアイランド」も日本海周辺に派遣している。陸上からは何と言っても、空自の米移動式早期警戒レーダー「Xバンドレーダー」だろう。ミサイルの発射を瞬時に探知するのはもちろん、弾頭の種類や目標地点を解析し、おとり弾の識別もできるそうだ。予定を早めて配備し、6月26日から稼動させていた。地上からはもう一つ、防衛庁技術研究本部の新型レーダーシステム「FPS−XXガメラレーダー」がある。台座が360度回転し、弾道ミサイルの追尾も可能という。

“水も漏らさぬ”情報収集網が敷かれている。ところがミサイルが発射されても撃ち落すことが出来ないのが現状である。野球の応援で、ファールボールが客席に飛び込んで来るときに似ている。注意を喚起する“笛”がけたたましく鳴って「来たぞ!危ないぞ!」と教えてくれるが、避けるのは各人でどうぞということである。額賀長官は「米と協力し、弾道ミサイルを迎え撃つ防衛システムの整備を急ぎたい」とSM3とPAC3の前倒し導入を発表した。迎撃はかなり難しそうだが、どんなレベルであろうが現在可能な技術をもって防衛に当たらねばならない。技術は日々進歩する。ところが、今回こんな記事を見つけた。「防衛庁の通信能力に制限があるため、こんごうから防衛庁に直接情報を送ることが出来ず、海自は救難飛行艇をこんごうまでとばしてデーターを受け取るしかなかった」(読売新聞6日朝刊) 非常事態というのに、いったいどんな制限だというのか。態勢の不備というには、余りにひどくないか。



随筆のページへ トップページへ
7月20日に文春新書から発行されたばかりの本である。次期総裁戦はライバルの不出馬表明で安倍官房長官の独走態勢の様相を呈している。小泉首相は、任期を全うしようとする時期においてもなお、国民の高い支持を得ている。それは「聖域なき構造改革」、「説得せず、調整せず、妥協せず」、「自民党をぶっ壊す」などなど旧態依然とした永田町の論理を打ち壊す新しい政治のあり方を、我々が支持しているからに他ならない。だが、小泉首相の築いた政治も、次期政権が継続しなければ意味がなくなる。今後の方向性を知る上でもこの本はいいだろうと買ってきた。まだ読んではいないが、「美しい日本へ」「自信と誇りのもてる日本へ」というタイトルがいい。冒頭の=はじめに=というところには「わたしは、つねに「闘う政治家」でありたいと願っている」「闘う政治家とは、ここ一番、国家のため、国民のためとあれば、批判を恐れず行動する政治家のことである」と書いてある。国民の高い支持率こそが、その信念を支えることになる。
平成18年11月3日 西日本新聞
7月の北朝鮮ミサイル発射・・・米軍艦艇が監視
7月の北朝鮮による弾道ミサイル発射の際、米海軍が、1998年のテポドン1号の航跡に基づき、ハワイ攻撃を想定したミサイル防衛(MD)の作戦区域を日本海と太平洋に設定し、横須賀基地(神奈川県)のイージス艦3隻が監視していたことが二日、横浜市のNPO法人「ピースデポ」の調査で分った。米国の情報公開制度で入手した航海日誌などを分析したもので、梅林代表は「日米安保条約で日本および極東の防衛に当たる横須賀の米艦艇が、米国を直接防衛する任務に就いた初のケース」としている。「フィッツジェラルド」「カーチス・ウィルバー」「ジョン・S・マケイン」の三隻が展開したのは、日本海側が北海道・松前半島の西約280km付近、太平洋側が岩手・久慈市沖約270km付近。発射の3週間前の6月16日から同26日にかけ、三隻がそれぞれの作戦区域に展開した。7月5日、ミサイル発射当日のフィッツジェラルドの日誌には「午前5時 赤外線データ受信」「同三分 北朝鮮ミサイル発射」などと、発射と航跡をとらえた様子が記述されていた。三隻は同7日にMD任務を終え、横須賀基地へ向かった。
北朝鮮がミサイルを発射した日の夜、私は「ヤフードーム」へ「ソフトバンクホークス」の応援に行った。西武との首位攻防戦、新垣が約1ヶ月ぶりの登板で力投したが、延長12回4時間35分の激闘は3−3の引き分けに終わった。2−2で延長戦になり、10回に西武が1点入れたときにはだめかと思ったが、その裏本間のタイムリーで同点に追いついた。観客3万人の9割はホークスのファンである。追いつた時は、まるで勝ったような騒ぎになった。やはり球場での応援はいい。この一体感がいい。12回裏には、満塁までなって最後の最後まで沸かせてくれた。見ごたえのあるいい試合だった。家に帰り着いたのは真夜中12時頃だった。ところが、帰り着くなり日見子が「大変よ、大変よ、王監督の重大発表があったの知らないでしょ」という。内容を聞いてびっくりした。そう思ってその試合を振り返ると、王監督に大変な負担をかける試合展開だった。ホークスナインも勝ち続けることが、王監督への一番の薬という気持ちで頑張っている。一日も早い王監督の復帰を望むものである。
日見子とお好み焼きを食べに行った。近くに筑前高校があり、すでに5〜6人の高校生が入っていた。部活の帰りだろう、日焼けした顔と、大きなバッグで運動部というのはすぐに分った。彼らがそれぞれ注文した後だったので「これはだいぶん待つことになるな〜」と覚悟を決め、置いてあるスポーツ新聞に目を通した。さいわい昨日の巨人は、大逆転の勝利だった。突然、高校生のひとりが、「はい、どうぞ」と“一銭焼き”を持ってきた。二つ頼んだうちの一つだけだったが、「意外に早かったな」と次のが来るまで日見子と二人で食べることにした。だが、様子がおかしい。持ってきたのはどうも、その高校生が注文した分らしいのだ。二つ目のも「どうぞ」と高校生が又持ってきた。「え〜、いいよ、いいよ」と遠慮したが、結局言葉にあまえて、先に食べさせてもらった。彼らは帰るときも実に礼儀正しかった。氷をテーブルに落としたらしく、丁寧に拭き上げて帰っていった。店のおかみさんに聞くと、筑前高校の野球部とのことだった。「みんな、あいさつもきちんとして、礼儀正しいんですよ。私なんかも大事にしてくれるし、指導の先生も立派な方らしいんですよ」とおかみさんは彼らを信頼しきっている様子だ。聞けば予選では、それまで勝っていたが、9回に追いつかれて延長戦で残念ながら敗れたという。しかし、彼らのことだ、恐らく正々堂々、負けて悔いなしの試合をしたことだろう。