「伊都国」(とびうめ国文祭)
国民文化祭・ふくおか2004
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FileNo.041030

福岡県で国民文化祭が始まった。愛称を「とびうめ国文祭」として
1030日から約2週間、県内各地で多くの催しが行われる。初日の30日、前々から楽しみにしていた歴史シンポジュームが前原市で開催された。前日の29日には「伊都国歴史博物館」もオープンし、シンポジュームの一貫として、パネル展も開催されている。シンポジュームのテーマは“邪馬台国の時代「伊都国」”である。仕事の都合で、午後からしか 行けなかったのは残念だった。前原市は、実に歴史豊かなロマンの地である。「魏志倭人伝」には「伊都国」について「代々王がある。みな女王国に属している。帯方郡からの使者が往来するとき常にとどまるところである」。さらに「一大率を置いて検察させている」とある。当時の国々の中でも、圧倒的に重要な存在だったことが伺われる。歴史博物館館長は、「伊都国は、後の時代の“大宰府”である」と言われた。大いに納得である。

伊都国が、なぜこんなに重要な位置にあったのか。やはり代々、王によって支配されていた力のある国だったことが大きい。大陸の玄関口として、政治的・経済的責任を充分果たせるだけの機能があったわけだ。対外だけではない、潤地頭給遺跡を見ても国内との交流も、非常に盛んであったことが分かる。森先生が講演のなかで“中国はイト国に「都」という字を使った”と言われた時、これまた大いに 納得した。弥生時代の終わり頃、すなわち邪馬台国の時代、伊都国は平原遺跡の女王によって治められていた。この女王であったというところが重要である。女王による統治と、政治・経済・文化の重要な拠点であったことが、邪馬台国へのつながりを感じさせる。

「伊都国歴史博物館」には平原遺跡遺跡から出土した内行花文鏡などが展示してある。この内行花文鏡は、他の追随を許さない超大型鏡で直径46.5cmもある。この大きさが意味を持つ。
三種の神器とは「鏡」「剣」「玉」である。これを所持することは、それだけの地位、権力があることを物語る。平原遺跡からは、まさにこれらが出土しており、大和政権との関連をイメージさせる。更に、先に述べた直径46.5cmの超大型鏡・内行花文鏡の大きさが、大和政権とのつながりを確かなものにする。

大和政権の「八咫鏡
(やたのかがみ)」は三種の神器のなかでも重要なものであるが、八咫鏡と内行花文鏡の大きさが酷似しているというのである。“八咫”とは寸法を意味している。すなわち“咫”というのが寸法の一単位である。これが直径46.5cmの円周とほぼ一致するという。更に、八咫鏡を納める器の直径は約49cmというから説得力がある。このことから「伊都国」〜「邪馬台国」〜「大和政権」という系譜は真実味を帯びる。素人の私など、もう決まりだろうと思ってしまう。改めて古代へ思いを馳せる、国民文化祭といういい機会に恵まれた。
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追伸:平成18年3月25日 西日本新聞
方格規矩鏡ほうかくきくきょう・・・・伊都国歴史博物館
 福岡県前原市の平原遺跡から出土した16.1センチの銅鏡です。平原遺跡は弥生時代後期(三世紀ごろ)の墓の遺跡で、銅鏡が40面出土しています。銅鏡は権力者の象徴で、その数の多さが権勢の強さを表していると考えられます。
 三世紀頃、前原市の周辺には中国の史書「魏志倭人伝」に登場する伊都国がありました。平原遺跡は伊都国の王の墓です。一つの墓から出土した銅鏡の枚数は日本最多で、国内で最も大きい銅鏡も見つかっており、国王の権威が絶大であったことを示しています。
 目を見張る数や大きさの銅鏡は、弥生時代から古墳時代に移る時期の権力者の埋葬方法を示す貴重な出土品です。このほど、国の文化審議会が「国宝」に指定するよう文部科学大臣に答申しました。
(伊都国歴史博物館学芸員・角浩行)
伊都国歴史博物館:前原市井原916 TEL092(322)7083