ベーシックマスターJr.(我がパソコン歴)


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File-No.000901


私とパソコンの出会いは、今を遡ること18年余になる。日立が売り出した8ビット機「ベーシックマスターJr.」を買った。価格は本体だけで定価89800円。パソコンを扱う知識など何もない私であったが、とにかく購入した。コンピュータの基本は、回路に電流が流れているか、流れていないかで判断するので「0」と「1」の2種類しかない。だから2進数で動くということを知ったとき、何か分からない未知の魅力を感じたのである。しかし実際にパソコンを動かすには、マシン語ではなく、人間の言葉に一番近い「BASIC」でプログラムを組めばよかった。という訳で文字通り「ベーシック」を「マスター」しなければならなかった。しかし、当時は周りを見渡しても誰もパソコンなどやっていいる人はいない時代である。独学しかなかった。まず、短いサンプルプログラムが200本ほど載った本を買ってきて、私の孤独な挑戦が始まった。たしか「フォーミュラー200」とかいうタイトルだったと思う。とにかくその本を最初から丹念に読んでいった。最初は、何が何だかさっぱり分からなかった。しかし2回、3回…ただひたすら読んでいくうちに、だんだんその規則性が見えてきた。
例えば、「九九」を計算して「プリント」するプログラムをBASICでつくると次のようになる。

10 DIM   A(9,9)
20 FOR   I = 1 TO 9
30 FOR   J = 1 TO 9
40 LET   A ( I , J ) = I  *  J
50 NEXT   J
60 NEXT    I
70 FOR   I = 1 TO 9
80 PRINT   A(I,1);A(I,2)・・・A(I,8);A(I,9)
90 NEXT   I
100 END   (う〜ん なっつかしい!!)

ハードの方は、ディスプレイは高かったので手持ちの5インチの白黒テレビをつなぎ、外部記憶装置はこれまた手持ちのテープレコーダをつないだ。プリンターは、感熱紙のプリンターを購入。一応機能としては整った。プログラムを組むのは楽しかった。プログラムを組むということは、だいたいにおいて「デバッグ」との戦いであるが、だんだん出来上がっていくプロセスが楽しかった。小遣い帳、データーベースの検索システム、…組めるものは何でも組んだ。しかし、ソフトが多くなるとデーターの出し入れがテレコでは余りにも不便なので、そのころ日立が積極的に売り出していた「3インチFD」を購入した。FDDを動かすには「DiskBasic」とJr.用の「FDOS(floppy-disk-operation-system)」が必要だったが、これは簡単にクリア。テレコに比べてそのスピードは本当に有り難かった

…そして、時代は進み「Windows」の時代となる…

プログラムを組む時代は終わり、いかに使いこなすかの時代になった。パソコンは、一部のマニアのものから家電へと大衆化した。抵抗はあったものの、時代の流れは受け入れなければならない。「WIN'95」発売時にPentium70MHz搭載のノートパソコンを購入し、まだ出始めだったデジタルカメラ(25万画素)を買った。日進月歩のコンピュータである。その後パソコンは「WIN'98」MMX Pentium 233MHz のデスクトップパソコンになり、デジカメは211万画素へと進化。記憶装置は100MBの「ZIP」、SCSIで「スキャナー」をつないでいる。
しかし、いまだに「便利だけが良い訳じゃーないよ」って心のどこかにプログラムにこだわる意識がある。CGIスクリプトもその一つでこれはかなり苦労している。いまも入り口で立ち往生の感じである。そんな中、数ヶ月前、子供が自分のホームページをウィンドウズマシンでリニューアルするのに帰ってきた。CGIのページを何ページか入れるのに、ネット上のレンタルを見つけリンクするのにわずか15分であった。私の苦労は何だったのだろうか。やはり世の中はドッグイヤーで進んでいる。


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